Umbrella
「言葉ってね消えないんだよ。ずっとその人の心の中で生き続けるの。消しゴムとか修正液なんかじゃ消えないの。絶対。だからね人は人の言葉で喜んだり傷ついたりするんだよ。言葉って怖いね」
土砂降りの雨の中。
彼女はずぶ濡れで校舎裏にたたずんでいた。
それは先ほどの出来事。
教室に入ると笠原の机がなかった。
昨日まではちゃんとあったのに。
嫌な予感が僕の中に生まれた。
探しに行こうと動く僕より早く笠原は教室を出てすたすたと歩いていく。
まるで自分の机の居場所を知っているかのように。
そして見つけた校舎裏。
机にはカッターナイフが突き刺さっていて、その下には汚い言葉たちが降り注いでいる。
彼女の後姿はとても悲しげで小さく見えた。
その背中になんて声をかければいいのだろう。
うまい言葉が見つからなくて、息苦しさが僕を苦しめる。
「言葉ってね消えないんだよ」
本当に小さい声だった。
聞き逃す程の。
言葉が怖い。
笠原は今にも泣きそうに僕に弱音を吐いた。
僕はその小さな体を抱きしめてやることも気の利いた一言も言えずにただ雨の中、傷つく女の子の背中を見守っている。
その日を境に、笠原はいじめを受けるようになる。
陰湿ないじめ。
物を隠されたり、教科書やノートはボロボロで使い物にならない。
水をかけられずぶぬれになることもある。
どうして彼女だけこんな目に遭わなければならないのか。
そう思っていた。
だけどとうとう僕にもそれは飛んできた。
笠原と同じく、物を隠され教科書やノートはボロボロ、机の上には綺麗に咲いた花。
水をかけられ、ごみを食べさせられそうになった。
心身共に限界が来そうなそんなときだった。
「うざい」
「キモい」
「消えろ」
「死ね」
笠原は、複数の女子生徒に暴力と心無い言葉のナイフを突きつけられていた。
たくさんのナイフを彼女の心に刻み続ける。
それと同時に彼女の体を蹴って殴って痛みを刻み続ける。
口からも鼻からも血を流す彼女の姿を見ていられなくて、目を閉じた。
それは放課後のこと。
職員室に呼ばれた僕は最近の僕と笠原とクラスの現状を聞かれた。
うすうす先生も気づいているんだと思った。
けどこうして本当のことを述べたところで、彼らは何もしてくれない。
もし助けてくれるなら、今すぐにでも助けてほしいのに。
そうしてくれないのは、自分たちの首を守るため。
「話してくれてありがとうな、どうにかするから安心してくれ」
そんな言葉が欲しいんじゃない。
期待なんてしない。
僕は笠原が待つ教室へ向かった。
教室に一人待つ彼女と一緒に帰って、今日は寄り道をしよう。
美味しいコロッケ屋をみつけたから、一緒に食べたい。
そんなことを考えていると、教室から声が聞こえた。
中から聞こえるのは罵詈雑言。
心臓が早くなる。
息が浅くなる。
唇を噛みしめてそっと扉を開けた。
笠原は複数人の女子たちから暴行を受けていたのだ。
助けなきゃ。
頭ではわかっていた。
わかっていたのに、体が動かない。
どうすることもできずにいると、女子たちは笠原の制服を無理やり引きはがそうとする。
「ライター引火しまーす」
「言葉でわからなきゃ体に教え込ませるしかなくない?」
上半身裸になった笠原の白い肌にライターの火が近づく。
これが本当に同じ人間のすることかと目を疑う。
泣き叫び暴れる笠原。
それを抑える悪魔たち。
もう見ていられなくて、その場から逃げ出そうとした。
だけどできなかった。
後ろには僕をいじめている連中がいたから。
背中を蹴られ、教室に転がりこんだ。
一瞬怯む悪魔たちだったけど、仲間だと知ると安心したように頬をほころばせる。
「びびったー」
「先生たちかと思った」
「おもしろいことしてんじゃん」
「俺らにもやらせて」
足がすくんでうまく立ち上がれないでいる僕。
悪魔たちが談笑しているほんの一瞬、笠原を見る。
涙をいっぱい流す彼女の体は焼けた跡があった。
それに暴行の後も。
頭の中が真っ白になった。
僕が何もできないばかりに彼女を傷つけてしまった。
涙があふれた。
ごめん
音にならない言葉は彼女に届いただろうか。
歪む視界は、悪魔たちに遮られ僕もまた体中にやけどを負った。
どんなに叫んでも暴れても、誰にも届かない誰も助けてくれない。
たくさん傷つけられた。
笠原の声は聞こえなくて、死んでしまったのなら僕も連れて行ってほしい。
独りぼっちでこの世界を生きていくことなんて、とうてい僕にはできないんだ。