毒舌社長は甘い秘密を隠す

「気を使っていただいてすみません」
「特別なことではありませんよ。沢村さんこそ気を使わずに」

 そっとドアを閉められ、彼が隣に乗り込む間に運転席を見遣る。ハンドルにあるエンブレムでこの車がベンツだと気づいた。
 しかも、ドリンクホルダーには冷緑茶が用意してある。


「九条さん、飲み物まで用意いただいてすみません」
「お茶で大丈夫でしたか?」
「はい。ありがとうございます」

 ゆっくりと走り出し、やがて見慣れた景色が遠くなっていく。
 普段、助手席に乗ることがないから、なんだか新鮮な気分だ。それもプライベートで高級車に乗ったのも初めてのことで、座り心地のいい革のシートと洗練された内装に感嘆のため息が漏れそうになる。


「そういえば、私と出かけたりして彼氏さんに怒られてしまいませんか?」
「大丈夫です。そういう特別な人はいないので」
「えっ……そうなんですか? てっきりいらっしゃるとばかり」

 九条さんの横顔は、井浦社長と違って和やかだ。いつでも変わらぬその様子から、すぐに怒ったり睨まれたりすることなく、彼の秘書は働けているのだろうと察しがつく。

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