毒舌社長は甘い秘密を隠す

「っ……なんだよ」
「今夜は、こうしていてもいいですか?」

 いつもは私の背中を抱きしめてくれる彼に、今夜は甘えてみたくなった。
 だけど彼は突然のことに驚いて、振り向くことなく黙っている。


「……好きにすればいい」

 少し間を置いて返されたのは、いつも会社で聞かされる毒舌な声色。
 でも、そんな彼の背中が目の前で重なって、今までの日々が思い出された。

 彼といられるのは縁談がまとまるまでだろう。
 未だ予定されたままの非公開の予定がなんなのか明かしてくれないし、気にしなくていいの一点張りなのがその証拠だと察してしまった。

 もし彼が結婚してしまっても、一緒に暮らしてきた時間がいい思い出になる日が来るはず。
 きっと、今夜のこの時間も。

 私が想いを伝える時は、来ないかもしれない。
 未来の伴侶がいる彼と想いを交わすのは、絶対に間違っている。
 秘書としても、ひとりの女性としても、彼や会社のことを考えれば、そうするのが最善だと思う。

 だから、もう少しだけ……今夜だけでも甘えさせてほしかった。

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