恋を知らない

「キスよぅ」

しかし、駄々っ子のような声とともに、白くしなやかな腕がのびてきて、ぼくの首に巻きつく。

たちまちぼくは彼女の上に倒れこみ、唇をふさがれ、舌を絡められるのだった。

彼女の名前はマリア。ぼくがそう名付けた。

身長は160センチ。ファッションモデルのようなスリムな体つきをしている。切れ長の目に、細い鼻筋。冷たい印象を与える薄い唇。全体にクールで知的な顔立ちだ。

ただし人間ではない。男性の精子を採取することを目的として作られたセックスロボットだ。

開発したのはドイツのトラウムワーゲン社の日本法人で、ロボットのシリーズ名を“マリア”という。

ややこしいので、今ぼくと行為におよんでいる美女を単に「マリア」と呼び、シリーズ物のセックスロボットを「マリアロボット」と呼ぶことにしよう。

マリアロボットはセックス用でありながら、日常生活でも、人間となんら変わりのない動きをする。指摘されなければ、まず人間と区別することはできない。トラウムワーゲン社の最高傑作とされるゆえんだ。

そんなマリアロボットをぼくが相手にしている理由については、少し説明が必要になる。

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