一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
「彼ね、カメラの前ではめちゃくちゃいい仕事するんだけど、繊細なところがあるっつーか、神経質っつーか……ハッキリ言って気分屋なんだよね」

 ……気分屋?
 KI・BU・NN・YA?

 あの、爽やかキラキライケメンの代名詞みたいな、“宝来寺 伶”が?

 にわかには信じがたいが、咄嗟に先ほど目にしたばかりの大あくびが思い出される。


「気分屋? っつーのもちょっと違うか? ま、俺の経験則から言うと1:9で機嫌悪いんだけどさ」

「それほぼほぼ通常運転じゃないですか!」

「ハハハ、そうとも言う」

 塚本さんは続ける。

「なんていうかなぁ、芸術家気質っつーのかな。わかるんだけどね。若いんだよなぁ」

 わかるようなわからないような物言いだ。

「要するに、完璧主義でプライドくっそ高いの。ストイックと言っちゃぁ聞こえがいいけど、こちらがOK出しても自分が納得しないと世に出させてもらえないのよ。何度か一緒に仕事してようやく掴んできたつもりだけど、なっかなか難しいお人なわけだな、モデル界のプリンスさんってやつは。」

 皮肉めいた言葉を使ってはいるが、どこか尊敬の念も感じられる言い回しだった。


 ははぁ……真実のカレはそんな感じの人だったのか。

 驚きはあれど、不思議とショックは少なかった。

 むしろ本当の彼の姿を垣間見ることができたようで、役得とすら感じる。



「塚本さん」

 きゅっと背中がこそばゆくなるような声がして振り向くと、キリっと整った顔立ちの、眼鏡をかけたスーツの男性が近づいてきていた。


「やあ、石神くん」

「本日も、お世話になります」


 随分芝居がかった話し方をする人だ。

 鼻にかかった発声は聞きようによっては甘い声にも聞こえるが、どこか含みのありそうな……何となく油断できなさそうな雰囲気の漂う人だった。


「……こちらは?」

 理知的な印象は、メタルフレームの眼鏡によるところもあるかもしれない。

 調整中のスタジオのライトがフレームに反射し、射抜かれるような鋭い眼差しを際立たせた。


「俺の講師時代の愛弟子、萩元雫ちゃん。普段は結婚式専門でやってんだけど、今日は急きょアシスタントでね」

「……萩元、雫……」

 鋭い眼差しが、私の頭の上からつま先までを素早く捉える。

 漫画やアニメの世界ならば、彼にしか見えない細やかなデータが眼鏡のレンズに映って解析されていそうだな、と思った。

「よろしくお願いします……」

 私が名刺を差し出すと、少しの間があって、彼も名刺を取り出した。


 ――石神 廉(いしがみ れん)。

 宝来寺 伶の担当マネージャー。


 一筋縄ではいかなさそうなその人は、特に私に言葉をかけることもなく、塚本さんに向き直った。

 渡した名刺は真っ先に使わないファイルに仕分けされそうなしまわれ方をして、少し切なくなる。


「どお? 今日のプリンスのご機嫌は」

「まずまずです」

「ハハハ、あれでか」






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