一途な溺愛プリンスはベールアップを譲れない
「雫ちゃん、いいかな」

 これ以上どうにも手の打ちようがない、と思ったらしい塚本さんが静かに私を呼ぶ。

 他のスタッフには休憩が言い渡された。

 緊張しながらも駆けつけると、ご機嫌ナナメなプリンス様に、付き人さんが水を手渡している。

 今朝はあれだけ見つめられていたのに、もう、目は合わない。

 吸い込まれそうな綺麗な瞳は、真剣なまなざしでモニターを見ているようにも、何も見ていないようにも見えた。


「雫ちゃんには、どう見える」


 塚本さんの信頼を感じる一言だった。

 私は人よりも目がいいらしい。

 人物を主題としたポートレートの場合は特に、“今だ”という瞬間が明確にわかる。

 顔や身体の筋肉の緊張や弛緩、体内中の空気や水分の流れが、ハッキリと見えるのだ。

 例えば、優しさが込められた瞳は、どことどこに力が入って、どの部分が緩み、どの程度潤むのか。

 モデルは一見じっとしているように見えて、生き物だ。常に動き続けている。呼吸をしている。血液が流れている。

 その中で、絶妙にバランスが取れた瞬間を切り取っていけばいい。

 とは言え、実際に撮るときは筋肉の緊張云々ではなく、「今いちばん優しい顔をした!」程度の直感に頼っているに過ぎないのだけれど。



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