赤薔薇の騎士公爵は、孤独なカヴァネスに愛を誓う
「これはお気に召さないんだったな」
彼はそう言って近づけた唇を押し当てることなく、手を離した。
その行動に今朝の会話が蘇ってくる。挨拶と言ってシェリーの手の甲に口づけたスヴェンを節操がないと窘めたときのことだ。
自分で説教したというのに、簡単に離れていく体温を寂しく思ってしまった。
そんなシェリーの心など知らずに、スヴェンはいつもの余裕たっぷりな表情を少しだけ崩して困ったように笑う。
「本当はもう少し前からいたんだがな、薔薇に囲まれて微笑むお前の姿に見惚れていたら、出るタイミングを完全に失ってしまった」
「また、お世辞がうまいですね」
歯の浮くようなセリフの数々は、彼が言うと様になる。高鳴る鼓動がこれ以上強くならないように、近づいてくるスヴェンから視線を逸らして顔にかかる髪を耳にかけた。
「世辞じゃない、本心だ」
再び髪に触れてきたと思ったら、スヴェンがシェリーの背後に回る。
普段は剣を握る無骨な手がセレアの薄桃色の髪をリボンでひとつに結っていく。生まれて初めて男性に髪を結ばれたシェリーの頬は、たちまち赤くなった。
「スヴェン様、騎士とは忠誠、公正、勇気、武勇、慈愛、寛容、礼節、奉仕が得とされるのですよ。女性の髪にむやみに触れるものではありません」
ツンと顎を上げて説教をしてしまうのは、気恥ずかしさゆえにだ。
「申し訳ありません、シェリー先生。ですが、非ならあなたにもあると思うが?」
わざとらしくシェリーを〝先生〟と呼んでニヤリと笑った彼の目は、あきらかにからかいを含んでいる。
なにを言われるのだろうと身構えながら、数多の戦場を駆けただろう騎士公爵に無謀にも言い返す。
「では、お聞きします。その非とはなんのことでしょうか」
そんなふたりの顔をアルファスは戸惑いながら見比べていた。
「シェリーの美しさが男を惑わせているのが悪い」
「はい? いつどこで、私が……」
「アルファス様も、シェリーが好きですよね?」
シェリーの言葉を遮って、スヴェンはアルファスの前に片膝をつく。突然話を振られた彼は戸惑いながらも「まぁな!」と答える。
それはもちろんうれしいのだが、不敵な笑みで見上げてくるスヴェンにはしてやられた。