言い訳~blanc noir~
過ち
 時が経てば思い出に変わる。


 誰がそんなふざけた言葉を言ったのかはっきりとは覚えていないが、いつかどこかで聞いた記憶がある。

 あと何日、あと何年経てばこの苦しみが思い出に変わるというのだろうか。


 沙織が逝った日からちょうど一週間後、引越しの日を迎えた。

 本音を言えば沙織の温もりが残るあの部屋から離れたくなかった。

 しかし1ケ月前、それまで住んでいたマンションの管理会社に退去願いを出し、既に次の入居者が決まっていたため引越さないわけにもいかなかった。

 引越し当日、何も事情を知らない引越し業者、家具屋の配送スタッフはにこやかに「新婚さんですか?」と和樹に訊ねていたが、沙織の遺影と骨壺を目にした瞬間絶句した。

 和樹にかける言葉すら見つからなかったのか、その後は淡々と、黙々と作業が進められていた。

 人の死というのは笑顔や言葉を一瞬にして奪い取ってしまうほどの威力がある事を沙織を失ってから知るはめになった。


 予定では古い家具は全て処分するつもりでいた。

 しかし処分出来ず、新居であるマンションの8畳の洋室に全て詰め込み、今まで暮らしていた部屋と同じように家具を並べた。

 そこに沙織のために購入した背の低い小さな仏壇を設置した。

 それ以外の部屋は全て沙織が選んだ真新しい家具が配され、見た目には生活感のないお洒落なモデルルームのようだった。

 特に沙織が一目惚れしたチークのテーブルやチェスト、座り心地の良い黒革のソファはリビングにどっしりとした重厚感を放っている。

 だが、それが却って和樹の胸を締め付けていた。

 クロと二人だけで暮らすにはこの4LDKの間取りは広過ぎる。

 寝室に置かれた真新しいダブルベッド、キッチンに置かれた冷蔵庫、何もかもが広過ぎて、大き過ぎて、このだだっ広い部屋の中に一人でいると気が狂いそうになる。
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