言い訳~blanc noir~
崩壊
―――7月中旬。

 夏海が妻になり2週間が過ぎた。

 この数ヶ月で人生が180度と言っても過言ではないほど大きく様変わりしてしまった。

 結婚を目前に控えた沙織を突然の事故で失い、その後、自分の一度の過ちで夏海が妊娠し、そして、責任を取る形で夏海と結婚した。

 沙織と暮らすはずだったマンションに夏海が引っ越してきたのは7月に入ってすぐだった。

 沙織が選んだチェストには夏海の私物が当たり前のように並ぶ。

 クローゼットの中は夏海の洋服で溢れかえり、リビングのカーテンは沙織が迷いに迷った末ようやく決めたアースカラーの薄いグリーンを模したカーテンだった。しかしクロの毛がつくからと勝手に取り外され、仕事に出ている間に業者を呼びブラインドに取り換えられていた。

 玄関を上がりすぐ右手。沙織の部屋である8畳の洋室は北側ではあるものの、西と北を囲むように窓があるため日当たりがいい。そこに以前のマンションから持ち込んだ荷物を入れている事、沙織の仏壇部屋にしている事がもったいないと夏海はいつも愚痴を零していた。

 しかし、この部屋だけは絶対に入らないでくれと入籍前に約束していたため渋々納得しているようだった。

 夏海はつわりがひどいらしい。

 もう4ヶ月に入ろうとしているが、毎日体調が悪いと昼過ぎまで寝ているようだった。が、夏海の体調を気遣ってあげられるほどの余裕が和樹にはなかった。

 ある程度覚悟はしていたが、夏海と結婚すると佐原を始めとする上司、一部の同僚、後輩に報告したところこれまで築き上げてきた信用や信頼は呆気なく崩壊する事になった。

「お前、頭おかしくなったのか?」

 と、佐原に突き放されるように言われ、一部の連中にしか話していなかった夏海との結婚はあっという間に銀行内に知れ渡る事になった。

 面と向かって「幻滅しました」と言う者もいた。

 通りすがりに鼻で笑う者もいた。

 これまで親しくしていた同僚、後輩から話し掛けられる事もなくなり、任せられていたプロジェクトから先日外さる事が決定した。

 オフィスにいる事が耐え難い。営業部に配属されている事がせめてもの救いだった。

 出勤後は逃げ出すように外回りに出掛け、取引先の企業や顧客のところに出向きひたすら頭を下げ仕事を取ってくる事に専念した。


「沙織、辛いな。こういうの」

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