言い訳~blanc noir~
 ただ和樹にとって沙織の存在がとても大きなものへと変わってしまったらしい。沙織がやって来る日は朝から妙に気持ちがそわそわと落ち着かなかった。

 わざわざ朝早くから掃除機をかけ、部屋の中を片付け、花など全く興味がないが仕事帰りに花屋に立ち寄り、数本の花を購入したり、沙織と一緒に食べようとケーキ屋に足を運んだ。

 沙織が面接で落とされたというケーキ屋は職場である銀行の目の前にあるが目の敵にしていた。

 仕事関係の会社訪問に伺う際、手土産としてそのケーキ屋で菓子折りを購入していたが、沙織が面接で落とされたと聞いてからは、少し不便な場所にあるケーキ屋を利用するようにしている。

 そして猫好きになってしまった。

 職場で猫を飼っている同僚にやたらと猫の話を訊いてみたり、パソコンのデスクトップをクロに似た黒猫の画像にしてみたり、出先で野良猫を見掛けると話しかけるに留まらず、コンビニまで猫の缶詰を買いに走っていた。


 同僚や後輩から「猫そんなに好きでしたっけ?」と不思議な顔をされ、そこでようやく自分の異変に気が付いた。

 その話を沙織にしたところ嬉しそうに笑っていた。


「猫って可愛いでしょう? 私生まれ変わったら猫になりたいんです」


「今も猫みたいな顔してますけどね」


 そう言うと沙織はいつも目尻の辺りを指で下げていた。


「垂れ目のほうが可愛いですか?」


 その顔がとんでもなく不細工で和樹は大笑いする。


「生まれ変わったらご主人様の元で飼われる猫になりたいなぁ。見つけてくださいね、私の事。多分私は野良猫だろうから」


 その時のそんな言葉は単なる“話”でしかなかった。

 二人で笑い合いながら馬鹿げた夢のような話ばかりしていた。


「生まれ変わったら、猫じゃなくてもう一度沙織で生まれてきてください」


「ええ? 私、こんな人生もう嫌だなぁ」


 そう言いながら沙織は笑っていた。
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