恋?…私次第。~好きなのは私なんです~
「いや~、こんなに長く、遅い時間まで。何から何までお世話になってしまって。何とお礼を申し上げたら良いのやら」
「いいえ。お気遣いなさらないでください。何ていうか、こういうのは…、そう、乗り掛かった舟ですよ」
掌の上で握った拳をポンと打ってみせた。
途中で、やっぱり一人で大丈夫だと言う男性に、一応私は目撃者だからと、一緒に交番に行き、私は私の見た限りの事を話した。
襲った相手は少なくても三人はいた事。若くて服装も皆黒っぽく、身長も皆同じくらい。特徴になるような事は特になかった事。逃げ足の速さから十代かも知れないと思った事。
私が近づいた時にはもう逃げて行くところだったから。
交番を出てタクシーを拾い病院にも付き添った。というか、半ば強引に連れて行ったと言った方が正しい。そうしないと、このまま帰ってしまうだろうと思ったからだ。
先にこの男性に話したように、身体のどこかを殴られたりした後で、内臓に損傷を負っている事に気がつかず…なんて事になったら大変だと思ったからだ。大丈夫だと思っても見えないところは解らないからだ。
「女性だから、あんなモノに出くわして怖かったでしょうに。しかも、行き掛り上ですよね…。見ず知らずの人間にこれ程親切にして頂き、貴女には感謝してもしきれないな」
「そんな大袈裟な。だから…。んー、袖振り合うのも何かの縁?でしたっけ、あ、多生の縁?みたいな感じですかね。あ、それに、明日は我が身、とか?ですよ。私が先なら被害に遭ったのは違ったかも知れません、だからお互い様です」
「フ。明日は我が身、は、貴女は無い方がいいでしょ。…こんな目に遭うと、かなり痛いですよ?」
消毒され、ガーゼを貼られていた顎に手を触れていた。身体には湿布が貼られたようだ。特有の匂いがしていた。肋骨にひびが入っているような事はなかった。
こんな目に遭ったのが私だったら、流石に女だから、顔を殴られるのは嫌かも知れないと思った。
「え?そこですか?財布の心配ではなく?あ、両方?」
「あ、まあ…盗られないに越した事は無いですけど。それより身体の方が大事って事でしょ?貴女は特に身体を気遣ってくれた…」
そうだ、何をおいても身体の方が大事。
では、ここでと、病院を出たところで言ったのだが、帰りを一緒にと言われ、病院から乗ったタクシーが行き先に着いた。男性のマンションだ。
「ちょっとこのまま待っててもらえますか?運転手さん、待っててください、直ぐ戻ります」
「え?は、い」
タクシー運転手も返事をした。何だか聞いてると、えらい目に遭ったようですね、と言われた。ええまあと、曖昧な返事をした。
男性は自宅であろうマンションに急ぎ入って行った。どうやら脚の方は大丈夫そうだ。もしかしたら、急ぐ為、無理をし駆けたのかも知れないけど。
はぁ。遅くなっちゃったな。…それにしても災難よね、こんな…、思いもよらない目に遭うなんて。
病院で診てもらったのだから、この後で急変すると言う事もないだろうけど。もしそうなったらとしても家族が居るだろうから心配はないのかな…。
コンコンという音で我に返った。ハッとして顔を上げた。戻って来た男性が笑顔で窓ガラスをノックしていた。
窓を下げると、隙間から封筒を差し込んできた。どうやら受け取れという事らしい。
「これ。あと…運転手さん、これで彼女の行き先までお願いします」
運転手の方にお金を渡した。
「あの。これは…大丈夫ですから…」
更に窓を開け、渡された封筒を返すつもりで差し出した。掌で押すようにして戻された。
「いや、これは…。ここで押し問答しても。とにかく今日はもう遅いから。こちらもお礼をしたいところですが、それは改めてという事でお願いします。今日はどうも有り難うございました。本当に思わぬ親切が有り難かった。気をつけて帰ってください。夜の公園は少し寒かったですね、風邪、ひかないようにね。
運転手さん、出してください」
「あ、あの」
タクシーは男性の指示通り、直ぐ走り出してしまった。こんな事…誠実な人だな…。
上手く返す事が出来なかった封筒を暫く眺めていたが、封がされていなかったので逆さにしてみた。すると白い紙が出てきた。…え?メモ用紙?
下品な発想をしてしまっていた。てっきり、あの雰囲気だとお金が入っているものだと思っていた。…そうよね、タクシー代は運転手さんに渡したし、病院の支払いも立て替えた訳じゃない、改めて来てくれって事だったし…。じゃあこれは。
しっかり書かれたであろう文字が透けていた。裏向きだった細長い紙を返した。走り書きだ。電話番号と名前が書いてあった。それと『お礼がしたい、貴女からのご連絡を待っています』と。