エリート上司の甘く危険な独占欲
 そう思う颯真に、華奈はぎこちなく笑顔を作って小さく会釈をした。颯真は一度うなずく。

 華奈はグラスを取り上げ、一口飲んだ。潤んだ瞳で、ぼんやりとグラスを見つめている。

 普段見たことのない、はかなげな彼女の様子に、庇護欲をかき立てられる。颯真はそばにいって慰めてやりたい衝動に駆られたが、彼女とそれほど関わりが深いわけではない。颯真が自制しているうちに、華奈はグラスを空にした。

「お会計をお願いします」
「先ほどのお連れの男性がご一緒に清算されました」

 バーテンダーの言葉に、華奈の頬が見る見る赤くなる。恥ずかしくてたまらないのだろう。カウンターの下からショルダーバッグを取り上げ、席を立った。

「どうもありがとう」

 そのまま立ち去ろうとしたが、バーテンダーの声に止められる。

「お客さま、お忘れ物です」

 彼女が振り返ると、バーテンダーが片手でカウンターの上の黒い小箱を示していた。

「あ、ど、どうも」

 華奈はそれをさっと取り上げ、店を出て行った。悲しげで、はかなげで、胸が痛む。

 颯真は残っていたバーボンを飲み干し、バーテンダーに会計を頼んだ。
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