飛べない翼
「太陽、大好きな林檎ジュースだよ」
日向は太陽の目の前に林檎ジュースの入ったコップを差し出す。
だけど、太陽は見向きもしなかった。

母親が仕事に出掛けてはや三時間。
太陽は何も食べないし、飲みもしなかった。

『水分はきちんとあげなさいよ。脱水になったら大変だからね。』
お母さんの言葉が蘇る。
だけど、太陽は飲んでくれなかった。
「ねぇ、太陽。少し飲んでよ」
口元までコップを差し出すと、太陽はコップを払い除け、林檎ジュースは床へと飛び散った。
「何するのよ!」
あー、イライラする!
日向は太陽の頭を軽く叩いた。
「ふぇっ」
泣き出しそうな太陽を無視し、日向はキッチンから取ってきたフキンで床にこぼれたジュースを拭きあげる。
「あ…れ?」
太陽の前にこぼれたジュースを拭きあげようとした瞬間。
太陽の異変に気が付く。
「顔色がへん」
今まで、林檎のようなホッペだったのに。
全体的に黄色い。
熱が下がったのかと思い、額に手をやると、一度触った時以上に熱い。
それに…。
「ふぇ。ふぇ。」
かすれた声に、泣き出しているのに、太陽の目から涙もでてこない。
「なんでよ」
フキンを投げ捨て、すぐさま、体温計を太陽の脇に挟む。
抱きかかえると、汗ばむほどの暖かさ。
日向の腕から動かない太陽。
ピピピ。体温測定終了の音と同時に日向は体温計を取り出す。
「39度4分」
上がってる。
お母さんが帰ってくるまでにまだ4時間以上ある。
「どうしよう」
日向は焦った。
お母さんに連絡する?
だけど、連絡したところで、帰ってきた事が一度でもあった?
それよりも。
「病院に行こう」
お母さんの勤めいる病院は救急外来があったはず。
そこに行けば、なんとかなるかも。

日向は、バッグにオムツや飲み物、ハンカチなどを詰め込み、太陽を抱えて、電話で呼んだタクシーに乗り込んだ。
「光の浦総合病院まで!」
< 9 / 10 >

この作品をシェア

pagetop