God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
「お金じゃなかった……」

吹奏楽部が、わずか3000円の予算変更を求めてきた。
男子バスケ部は、まだ1度も文句を言って来ない。
どちらも不穏な空気を漂わせる。
だが不穏な出来事はそれだけに留まらなかった。
「あのさ、何か手伝う事、あるかな?」
右川の口からこれが出た時、椅子ごと地面を突き破って地殻のその先マグマの海に沈みそうになった。阿木も浅枝も、桂木も真木も、まるで時が止まったように右川を見つめる。
この最大のチャンス。
だが幸か不幸か、今はそれぞれ団体の回答を待つのみであり、作業としては中休み。だから回答が戻らなければ、これと言ってする事が無いのだ。
こういう時に限って……つまり、そこを狙って言い放ったか。作業が無いなら居なくていいよね♪と永遠にサボり続けるつもり……かと思いきや、
「そんならさ、掃除でも何でもいいんだけど。3時半までだったらどうにか出来るかな。なんかある?」
おまえ、一体どうしたの?
驚きすぎて、声にならなかった。
何も無い。というのも何だか寂しい。だからと言って、別にとりたてて急ぐ必要のない作業を宛がうのも、勿体ない。
「何かある?」と阿木に振ってはみたものの、「いいえ。特には」
そして時刻は3時半になり、いつものように。
「あたし時間だから。もう帰っちゃうけど。これ、このままでいいかな」
昨日は面倒くさそうに取り掛かっていたファイル綴じの穴あけに、右川は最大級の未練を漂わせた。
俺はもう、「うん」としか言えず、その背中を普通に見送る。
本当に、一体どうしちゃったのだろう。
右川会長の不穏な動き。それを除けば生徒会作業は、おおむね順調であった。
浅枝の計算ミスが1つ発覚したが、それは柔道部だったので、それほどオオゴトには至らず。まだ回答してこない団体は2~3あるが、どれも時間の問題だろう。
後は、不気味な男子バスケ部の沈黙と、面倒くさい吹奏楽の攻撃から、どう逃げ切るか。
回答の締め切りまであと4日。審判の予算委員会まで、一週間。
締め切りが迫らなければ催促する事もできない。
俺は部活に顔を出す事にした。
桂木と一緒に生徒会室を出て、部室が横並びのクラブ棟に差し掛かる。
「んじゃ、今日もずっと部活だね」と、桂木は、いつかのように指でOKを作った。「またね」と微笑みながら、体育館に消える。
まるで深呼吸するみたいに、俺は長い溜め息をついた。
桂木と別れ際、いつも無意識で溜め息をつく。
やっと水中から解放されたみたいに。
知り合い同士なら、普通にありそうな、やりとり。
いちいち深い意味を持たせて溜め息をつく方がおかしい。
考えすぎ。俺がどうかしてる。
何でも無い事だと、こっちが自然に振る舞っていれば、そのうち自然と何でも無い間柄に見られる日がやって来るのではないか。
気休めかもしれないけど、そう考えると、幾分、気が楽だ。
今日、バレー部は外コートの日である。
意気揚々と、ランニングに!繰り出すゾ。(正直、萎えるが。)
こういう時に限って、風の強い日。向かい風がその威力でもって、吹き飛ばそうとばかりに煽ってくる。
「ヤベぇ」
鼻をグズグズ言わせ、黒川は愚痴る時だけ、時折マスクをアゴに外した。
「花粉症だってばよ。外を走るなんて自殺行為だ。パワハラだ。訴えるゾ」
キャプテン工藤を脅す。
「そんだけ喋れんなら平気だろ。黙って走れ」
キャプテンでも部長でもないのに、俺はいつの間にか、叱咤激励する役割に置かれる。叱咤は黒川向け。激励は2年以下へ。本来はその逆であるべき。
俺達のランニングは、県道沿いを行く。
左に山、右に廃墟とおぼしき工場、そんな自然の中(?)をひたすら行く。
その後、坂道でのたうち回り、折り返して、同じ坂道を今度は下り、再び県道沿いに戻る。
コンビニの前で、ちょうど帰宅途中の知り合いとすれ違った。
「おう、議長」と来て、それには軽いジャブで応戦。
「ぴょ~」とばかりにジュースを浴びせられ、「汚ったねーな」と慌てて避けた。
「お、沢村じゃん。いぇ~い!」
意味のないエールと共に、すれ違い様、猫パンチを喰らう。
ハイタッチ。無意味な踊り。
ノリは誰だかクラスメートに引っ張られて、「離してよ」と、モガいた。
そんな中、黒川だけが自分から立ち止まって、女子に釘付け。
仲間との距離がどんどん開く。
「洋士、黒川を連れ戻してよ」と、工藤にお願いされて……ナゼ俺が?
こういう時、思うのだ。注意するとか連れ戻すとか議長とか。面倒くさい雑用ばっかり。いつか絶対グレてやるからな!
不意に、海川と松倉を見つけた。
松倉が何やら雑誌を広げ、楽しそうにまた別の女子仲間に笑いかける。
海川は自転車で危うく転びそうになりながらも女子の歩行速度に合わせてペダルを漕いだ。その集団はバレー部軍団には気がつかないようで……というか、気がつかない態度が当然とばかりに決め付けて遠ざかる。思えば、右川の友人は、全てが帰宅部だ。
「呑気なもんだよな」
部活をやっているヤツは忙しすぎて、休みも何も無い。何もしていないヤツらは暇を持て余してバイト、合コン、ゲーム。遊ぶ時間、彼氏彼女を見つける時間、勉強する時間、何でもたっぷりある。帰宅部が羨ましいとは思わない。それだけ自由な時間がある事が羨ましいのだ。
今に加えて、もっと自由な時間があったら……。
帰宅部の列は途切れない。横からジャブを喰らいながら最後の坂を上って、俺達はグラウンドまで戻ってきた。
ラスト3周。
そこで、ちょうどトラックをランニングしていた陸上部と合流。
誰が始めたのか、ライバル意識満々で、グラウンド残り3周を競争する羽目になる。
「おまえ走り方、変だぞ」と陸上部からダメ出しされた黒川は、「あ?それが何?オレ、そういうとこ目指してねーから」と、キレて斜に構えた。
そこに、「俺らと勝負しろよ。買った方がアイスおごり」と、サッカー部も連動して、グラウンドに乱入する。
桐生が居た。
今、俺の横隣を静かに走りながら、しかし1度も目を合わせない。
スピードを少し上げて、俺と差をつけたかと思うと、
「いつか、ゴメン。やり過ぎたし言い過ぎた。もう何とも思ってねーから」
桂木の事はもう何とも思ってない。
そうとも取れるし、俺に対して怒りの感情は無いと言いたかった、とも。
正確には俺と桂木は付き合ってる訳でも何でもなくてさ……と、ここでそれを言ったら、間違いなく殴り掛かってくるだろう。それほど、桐生の背中はいまだ泣いている、気がして。
サッカー部が、掛け声を上げながら、どんどん先を行く。
ふと見ると、グラウンドの隅っこ金網の向こうに……右川が居た。
あの凹み具合は、間違いなく右川カズミだ。
草の生い茂る土手を危うく進み、何やら、そこら中を探している様子。
「何やってんだ。あのチビ」と、黒川もそれを見つけた。
もう4時を回る。あれからサッサと帰ったと思っていた。
「あれじゃね?落書きの犯人を見つけるとか言って」
工藤の見解に、ノリがぼんやりと頷いた。
見ていると、今度は側溝あたりに手を突っ込んでいる。網に肩が引っ掛かったようで、それに右川は顔を歪めながら必死でモガいた。アッという間に、制服が泥だらけ。
走りながら俺と並んだノリが、「随分、熱心だね」と右川をジッと見ている。
正直、そこまでガチで犯人を挙げようとしているとは思わなかった。
落書きの〝せとかい〟。
「あれって、右川さんの事かな」
「てことは、スイソーとは……」
真木?
吹奏楽部員を生徒会に入れた事を当てこすり?
何だか、こっちも右川に感化されて探偵脳になってしまったな。
その時である。
重森が先頭を行く、男女およそ数十人が、一糸乱れぬ隊列でグラウンドに駆け込んできた。
途端に、陸上部、サッカー部、我らバレー部(の1部)が勢い付く。
体育系の意地とプライドを賭けて、文化系に負ける訳にはいかない。
隊列の後方に真木を見た。
手を上げて合図を送ってみたのだが、それに気付く様子は無い。
ハァハァと、すっかり息が上がって苦しそうだ。そのすぐ横を、女子が喋りながら走っている。それを重森に注意されても、「うっぜ」と小声で悪態を突くほど元気だった。
真木は、偶然隣に並んだ俺を見て、弱弱しく笑って見せる。
が、そこでグラッと体が傾いだ。
うわっ!
こっちに倒れ込んできたので、咄嗟に腕を掴んで支えたら、その途端に全体重でぐったり。
「大丈夫かよ」
「こ、こんなに走ったの……3年間。僕は……息が……もう。はぁ……お腹」
何だか要領を得ない。
俺はバレー部の隊列を離れ、同じく離れた真木を支えながら、すぐ側の縁石に座らせた。顔が真っ赤で、汗もダラダラ。たった3キロでバテるとは。
〝肺活量ハンパない〟〝そこら辺の運動部には負けない〟とか、言ってなかったっけ?
「こんな坂ばっかり……ズルい……目も。肩が……ちょっと、お水」
息使いが、まだまだ激しい。俺は自身のやり場に困って、ついその背中をさすっていると、そこに吹奏楽の2年がやってきた。「先輩。後は僕が」と来て、そこで真木の世話を交代する。
背中を叩かれ、先輩にペコペコしながら、それでも真木はまた駆け出した。
バスケとか重森とか、それ以上に、真木は自分自身との戦いで精一杯のようである。先が思いやられることに変わりはないが、見ていて何だか切ない。
吹奏楽よりも先にランニングを終えた我らは、水場で休憩に入った。
まだ春だというのに、午後の陽気は、真夏のそれである。外を走るという時に限って、やけに太陽が主張してくると感じるのは気のせいか。
後輩の石原が、「あ、右川会長ですよ」と、すぐ先の植え込みを指差して知らせる。(頼んだ訳ではない。)
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