God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
思っちゃいけないかもしれないけど。ちょっと……重い
授業中。
今が2時間目なのか3時間目なのか、判別がつかない、授業中。
窓からの眺めは、5月の太陽の元、緑が鮮やかで美しい。
18度という気温は心地よく、眠りを誘う。
ペンを握ったままウトウトしていると、そこに何処からか、器用に折り畳まれた手紙が回ってきて、強制的に起こされた。「あっちの碓井さんに渡して」と毎度おなじみ、女子のお手紙中継役である。LINEで済ませろよ……と言いたいところを我慢して、サッサと横に流した。
まー、おかげで目は覚めたな。
自分のノートを見れば、いつのまにか無数の青い線が引かれている。
こっちの顔面も真っ青。
ペンだから消せない。ていうか、俺は一体全体、何を書こうとしていたのか。
ただ……何かに、のた打ち回っていると言う事は分かる。
やむなくそのページは破って捨てた。
右川は起きていた。だからと言って、真面目に授業を聞いているとは限らない。
窓際、前から2番目の席で、暖かい太陽の光を浴びながら、ボーッと外を眺めて。恐らく、目を開けて寝ている。
こっちも再び気絶しそうになり、頭を揺り動かしていると、不意に隣の桂木と目が合った。
こっそり、何やら渡してくるので、周囲の目を気にしながら受け取ると、
〝今日からしばらくヒマでしょ?部活に出るよね?良かったら、今日も一緒に帰らない?〟
こないだ、機嫌を損ねた桂木をどうにか捕まえ、マックでオゴってやり、新人教育とはどうあるべきかという議題で3時間盛り上がった。
「やっぱ誰に対してもリスペクトが無いとね」
「おー、言うねー。余裕感じる」
さすが。
すごい。
やるぅ~。
……つまり必死で持ち上げて、なだめた。
結論、真木は弱っちくて敵ではない。桂木の方が断然、強い。
これはさすがに怒るかと思いきや、「まぁね」と、あっさり納得。
こういう時、思うのだ。
女子の怒りのツボが分からない。とにかく機嫌が直ってよかった。
そこで突然、
「センセ!はい!はい!」
永田が勢いよく手を上げた。
周りが永田に注目しているその隙に、桂木のメモに返事を書いて滑らせる。
〝ちょっと用件を済ませて、そのあと部活。帰る時間が合うといいけど〟
沢村はズルい……メモを読んだ桂木が、横から目で訴えている気がした。
恐る恐る桂木の様子を窺うと、指でOKを作っている。
決して笑ってはいない目だ。
周りに見つからないとも限らない、そんなリスクを冒してまで授業中にメモを寄越す。それこそ、LINEでいい筈なのに。
こういう時、思うのだ。
思っちゃいけないかもしれないけど。ちょっと……重い。
「センセ!はい!はい!はい!」
永田がしつこい。
ヤツが陽気に手を上げると、このしつこさに根負けして先生も、「それじゃ、はい」と当てざるを得ないのだが、だからと言って当てたら最後。
「質問ッ!海川くんが、小池のGカップでアソコ勃ってますッ。どうしましょうかッ」
黒川が1番に反応して吹いた。小池という女子は、「やだもう!」と、永田にペンを投げつけ、名指しされた海川は、小さく……少々、赤くなって俯く。
クラスは、「いい加減にしろよ」という呆れムードと、「面白ぇ」という持ち上げムードに混ざった。
「学校はヨシモトじゃないんだから。そういう実演は余所でやって」
永田のせいで授業が脱線。「それじゃ、問題当てるね」と吉森先生は全体責任を発動。周りは、いい迷惑だ。桂木は1番下の問題が当てられてしまう。
「もー、いい迷惑なんだけど。あの家畜」
こういう時、思うのだ。俺と桂木の思考回路は、とてもよく似ている。
そして、バスケ部員(特に女子)は、永田部長に何のリスペクトも与えていないと知った。
そこで前の席の男子が、「な、沢村。これで合ってる?」と振り返る。
ノートを見せられても、実の所、こっちはまだ1問も手をつけていない。
そこで桂木も、「あ、ついでにその下の問5も。面積の方ね」と、ついでに頼って来た。
「ゴメン。ちょっと、やってない。てゆうか」
俺は当たってないし、もう授業も終わるから、やる気も無いんだよなー。
顰蹙を覚悟で2人に詫びる。
見ていると右川の周り、さっきの海川が、教わろうと取りついていた。
そう言えば、以前から、2人は割とよく一緒に居る。
するとまたそこで、「センセ。はい!はい!はい!」と、永田が騒ぎ出した。
当てられもしないのに勝手に立ち上がったかと思うと、
「警戒!警戒!緊急・不純異性交遊・情報ッ!」
「もう、うるさい。黙れ」と、マジでキレそうな吉森先生を無視して、
「沢村議長が3Pです!乱交してますッ。ホラホラホラ!男もイってますッ」
あー、ウぜぇ。
「おまえら堂々と中庭でヤれよッ。おい!小池!おまえも参戦だッ」
そこでピンと来た。
「ずいぶん小池さんに絡むけど……そうか、次は小池さんを狙ってんのか」
「あぁッ!?誰が言ったよ、そんな事ッ」
「こないだから随分突っかかるじゃん。そんなの見てりゃ分かるし。おまえ好きだな。ああいうのが」
Gカップ発言は避けた。
永田と俺以外、何の声も音も聞こえなかった。
思えば、そこからもう、おかしい。
ハッと我に返る。
俺は……閃いた直感に捕らわれて、授業中である事をどこか忘れて……「ちょっと」と、桂木が小声で止めてくれたにも関わらず、永田イジリに興じてしまった。その間、異様に静まり返った教室に、先生に、周囲は只ならぬ空気を感じてチラチラと目配せ、警戒を訴えていたというのに。
少なくとも10秒間、俺も永田も、クラス中が静まり返った。
満を辞して、吉森先生は溜め息をつく。
「恥ずかしい。ホント。あんた達、3年だよ。自覚ある?この中にはあと1年で大人と同じ扱いされる子も居るでしょ。そんなんで堂々と社会に出て行けるの?お願いだから、学校の名前は出すな。ホント恥ずかしい。迷惑」
先生は黒板消しを叩き付けるように乱暴に消して、出て行った。
俺までもが怒られた……と、感じるのは気のせいか。いや、勘違いじゃないと思う。クラスは異様な静けさに包まれた。
ただ一言、
「しーん……」
沈黙に耐えられない黒川がポツンと呟くまで、その沈黙は続いた。
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