God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
「御2人には僕の好きな曲を」
〝迷わず、塾に行け〟
言いたくなる出来事があった。
3年5組。
ノリは朝からやって来て、さっそく今月末の模擬試験を愚痴る。
「見てよ、この試験範囲。まだ授業でやってないのに」
そんな理不尽は、去年辺りから顕著だ。そして塾では当たり前の事である。
「内職するしかないだろ。どんどん先を読んで」
実際、俺はやっている。教科書とは別の問題集をチャージ。
授業と、教科書の先読みと、問題集。この三次元世界で1時間を回す。
すぐ隣では、スマホ・スクロールに忙しい女子が、「どうする?夏休み」と仲間に投げ掛けた。「「早っ!?」」思わずノリも一緒になって、女子を2度見。
「あたしバイクの免許取りたいから。そのお金。稼がなきゃね」
画面を見せられると……アルバイト情報。
「「そっちか」」
(いや、どっちもどっちだろ。)
ふと見れば、右川は朝からジャージ姿。
今日も、お宝探しにやる気満々といった所。
その側には賑やかな女子グループがワイワイやっていて、たまに腕同士でぶつかり、「ごめーん。小さくて見えなかったァ」と軽く扱われながらも、右川は首を傾げるだけの反応でおとなしく受け入れた。
そして、まるで何事も無かったみたいに気配を消している。
カス。クズ。ポンコツ。どれも聞こえてこない。なんとも意外すぎる奥床しさだ。まるで別人。そんな様子を不思議に眺める。
その横で、「夏目漱石の代表作を3つ挙げよ」と女子が試験問題からクイズを出した。別に自分が訊かれた訳ではない。とはいえ、頭の中には勝手に浮かぶ。
受験病だな。
別の女子が、「はいはいはい」と身を乗り出して、
「こころ。それから。三四郎」
正解。
そこで、よそ見していた右川が、ヒョイと入って来たかと思うと、
「で?あと1つは何?」
うっかりツボって、その勢い、飲んでいたアクエリアスをノリに吹き散らしてしまった。
〝こころ〟
〝それから〟
〝三四郎〟
どれも、ちゃんと独立した漱石の代表作である。しばらくツボった。
その後も、しばらくは思い出して、笑いが止まらない。勘弁してくれ。
あはははははははははははっはーーー……おまえは、とっとと塾に行け!
さぁ、放課後。
さぁ、今日も右川を引きずって生徒会に参上……と、思っていたら、
「今日も、せとかい?あたしも行く」
本当に、どうしたのか。
何かがある?何を企んで?だが、ここでそれを追求してまたケンカになり、逃げ出されても困ると、「おう、行くか」俺は気持ちよく立ち上がった。
「ミノリは?」
もう教室に居なかった。放課後は永田に呼ばれてるとかで、1度男子バスケ部に顔を出してからと聞いている。多分、会計の事だ。今はいいとしよう。桂木の報告待ちと言う事で。
行けば、阿木が早くも居た。そう言えば、いつも気が付けばクラスから消えている。阿木とは、殆どクラスで口を訊かなかった。ほぼほぼ、クラスメートの意味が無い。
そこに、「らす」と陽気に浅枝が入って来る。〝らす〟とは右川が口癖の挨拶らしきもの。浅枝には、いつの間にか定着してしまった。真木も時間の問題。
「野球部から3回目預かってきました。弓道部はもうちょっと、だそうです」
細かい事を何度も言ってくる団体と、迷って迷って、最後にドン!とくる団体がある。こちらは戻ってきた回答を吟味して、再提案。基本、委員会まで、このエンドレス・リピートだ。
今の時点で、まだ半分も決着が付いていない。こんなんで大丈夫か。
「議長、今日は何やるの?」
この、右川のやる気は本物なのか。それとも破滅へのカウントダウンか。
そのやる気に応えるべく、今日は、右川に野球部の部費計算を任せてみた。
「こっから、ここまで。足して書けばいいんだよね?」
前向きにやる気を見せて、俺から電卓をもぎ取り、「あたし、たまにお店の帳簿とか付けてるもん。こういうの慣れてるよ。サクッとやっちゃうよー」
「だったら、もうちょっと早くから協力しろよ」
「あんたは要求が激し過ぎる。協力する前に来るのが面倒臭くなるよ」
意外にも、これは素直な本音だと感じた。
そこから俺はもう何を言うのも止めて、自分の作業に没頭する。
だが、
「投手用ろ……ろじん?」
いきなり、最初の項目に引っ掛かったらしく、右川は首を傾げている。
横から阿木が、
「球を投げるときに石灰みたいな粉を付けるでしょ。あれよ。滑り止め」
意外に詳しい。いや、これは経験がそうさせている。
それを聞いた右川は、「すっごーい。アギング、やるぅ」と機嫌良く持ち上げた。
またしばらく作業に集中したかと思うと、「カラーストロングオイル?部活で日サロ?」と誰ともなしにバカな事を訊ねて、それには浅枝が、「ミットとかに付ける、お手入れ用のワックスみたいな物ですよ」と答える。
「オイルは透明なのもあるみたいなんですけど、カラーの方が色落ちしにくいんですって」
「へぇー。詳しいじゃん」
これには思わず感心した。
「さっすがチャラ枝さん。弱小バレー部員の彼女なんかやめて野球部のマネージャーやれば?」
これは石原には聞かせたくない。
「その彼氏に付き合ってスポーツ・ショップに行くようになったんですよ。そしたら他の部活の備品も見るようになって。それで覚えたんです。だーかーらー、彼氏のおかげなんですぅ」
結果、ノロケられて終わる。
これは石原も彼氏冥利に尽きるといった所だろう。聞かせてやりたい。
(いや、俺は敢えて言わないけど)
そこに、「遅くなりましたっ」と息も絶え絶え、真木がやってきた。
いつものように少し部活の後、律儀に生徒会へ顔を出してきたのだ。
「外はすごい風ですよ」と、まず鏡を覗いて髪の毛を整えるその仕草は、相変わらずのまるで女子。その背後から右川がソロリと近づいた。何をするかと思えば真木の肩に手を掛けて、
「待ってたわぁぁぁ……ううう……」
ぎゃおうッ!
真木は、鏡に写る右川を見て、顔面蒼白で見事にその場にひっくり返った。
右川は、ガハハ♪と、大口開けて愉快そうに笑うと、「マッキー、怖いもんだらけだね。それでよく生きてるね。面白い動画があるんだけど、見る?」とスマホを開く。「いえっ、いいですっ」「遠慮しないで」「いいですっ」と、真木は、右川の格好の標的、遊び相手と化した。
「ホラ!こんな所に顔がぁ~」
ぎゃおうッ!
「もうそのへんで許してやれよ」
こっちも迷惑だから。仕事しろ。
地面に這いつくばった真木は、ちょうど隣りに居た阿木に、「ちょっと」と(嫌々ながらも)助け起こされた。
「もう嫌だ。そんな事されたら、こっちが死んじゃいますよっ」
座り直してからも、その手がずっと震えて……か細い腕だな。
「僕、高いとこも無理ですから。イヌとかも怖くて。そういうのも止めて下さいね」
それを聞くと、「へーーー、そーなんだーーー」と、右川の目が怪しく光る。
こういう時、思うのだ。
自分から弱みを晒して敵を喜ばせてしまうとは。真木はやっぱり、ドMだ。
「やめて下さい。本当に、やめて下さいっ」
涙目で、まるで祈るように両手を組む。悪いとは思ったけど、ウケた。
真木を突いて、お菓子をツマんで、割とまともに雑用をこなして、3時半。
右川はいつものように、「じゃ、悪いけど帰るね」と消えた。
いや、いつもとは少々違った。
悪いけど?
初めて聞いたぞ。
だが、今日も帰る振りで、どこかで探して回るのだろうか。ムダな事を。
あんな所に金目の物が落ちてるというなら、俺だって探すゾ。
またしばらく無言で作業となった。
5時も近くなり、書類を簡単に寄せて片付ける事に。
金だけは金庫に閉まって部屋にもちゃんとカギをかけて……おかないと、万が一、いつ右川に狙われないとも限らないから……と、身内を疑うなんて。俺は邪悪に染まってしまったな。
そこに桂木がやってきた。
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