God bless you!~第8話「リコーダーと、その1万円」・・・予算委員会
……思えば、なんでこんな事になったんだろう
今年も、来た。
予算委員会に焦点を当てた、怒涛の会計業務が。
続々と集まってきた書類の一式を並べて眺める。
俺は大きく息を吸い込んだ。
GO!
「陸上と水泳は合計まだ出てない。バスケは……半年分の金額が抜けてる。何だ?この嫌がらせ。やり直し。あと今週中に文化系各部長には部員から集めた部費の集計金額、そっちを先に持ってくるように言って。できれば今日中。その場で金額合わせた方が早いから、会計係を捕まえて。電卓弾け。今年大きな購入のあった化学部は要注意。吹奏楽と合唱部は、去年部員が減ったから部費に変動アリ。特にスイソーの金額は正確に。確実に。絶対に」
俺の指図をBGMに、阿木は一心不乱にパソコンにデータを打ち込み、浅枝は電卓片手に、一心不乱に数字を追う。桂木は初めての生徒会業務ということもあり、覚える事と言われた事で必死の形相だ。有能な桂木の事だから、何を言わずとも〝1を聞いて10を知る〟。それは大いに期待したい所。
静かに、作業は流れる。そのうち誰かが、「もうやだ!」と頭を抱えるまで。
毎年この時期は、どこの部活も沸騰する。
夏の大会に向けた予選大会が迫っているから、という事もある。
だが部長・キャプテン・会計は、昨年の部費の清算作業で頭が一杯の筈だ。
そこで出た数字が、今年の予算を決定する基準になるから。少なく出ればそんなに金は必要ないと判断され、多ければ余ったものは返せとなるか、次年度に繰越となり、どちらにしても今年貰える金額は減る。
決算は、どこも去年を少し上回る赤字で提出したいところ。
俺達は、それぞれから出てきた会計簿を見て、辻妻は合っているか?と領収書とにらめっこ。まるで学内税務官。
どこでも少なからず帳尻あわせ、別名〝ムダ使い〟の後始末はやっている。
それが許せる範囲かどうか、が問題だ。
わずかなら見逃す場合もあるし、悪質な時は説得して返還させる。そうやって出てきた数字を元にして、生徒会執行部の独断で次の予算案を作成。
出来上がり。
だが、それで終わりではない。そこからが頭の痛い所。
その案を元に、「この金額で、よろしいでしょうか」とばかりに、それぞれの団体と交渉を行うのだ。そこで部長・キャプテン・会計から了承を貰えれば、やっと一息。そして、予算委員会が開催される。
例え執行部と団体がお互いに了承合致したとしても、予算委員会では他団体の厳しい審判の目に晒されるのだ。あっさり聞き流されて通る団体もあれば、文句を言われ、野次を飛ばされ、涙を飲むところも多々ある。そういう場合、これを作成・承認した生徒会は、どちらかというと団体側の味方であった。
どういう理由でこの金額を認めたのか、それを説明して援護する義務がある。
そうやって出来あがった決定稿を学校側に提出。
そこからまた新しい1年が始まる。
今はまず、予算案の準備段階だ。
去年までの決算報告。それを、この一週間で片付けなければならない。
「それ終わったら演劇部を先にやって。あそこ大掛かりだから」
「ひーん!?」
浅枝は去年、言われるまま、何が何だかわからない内だったから、こうゆう地獄は今年が初めてだろう。覚悟しておけ。新人の真木は、まー今年は見ておけよという感じで、今は浅枝がうまく間に入ってやっている。
その……真木タケト。
右川が、どこからか拾ってきた男子。1年5組で、吹奏楽部。
栗色の柔らかそうな髪の毛。丸顔に、穏やかに整った風貌。女子などから、可愛い!と持て囃されそうな雰囲気が漂う。吹奏楽というクセのある団体にも自然に溶け込めるのではと、思ったのは一瞬の事。
初日、真木は生徒会室に入ってくるなり、目の前にブーンと飛んできた虫に驚いて、「ぎゃう!」と叫んでその場にひっくり返った。その突き抜けたリアクションに、周囲は大丈夫?と心配するより先に苦笑いである。
そして、俺は密かに憂う。
吹奏楽部もバスケ部も入ってしまった、今年の生徒会。
永田さん達の苦労は一体、何だったのか。
〝だーかーらー、2大勢力を敵に回してどうすんの。喧嘩相手が増えるだけ。そっちの方が面倒くさいじゃん〟
会長となった右川カズミは、お決まりの〝永田会長が何を言おうが、従わなきゃいけないってそんな決まりは無いんだし♪〟である。
2大勢力を手中に収め、弱みを握って口出しをさせず、敵に回す事もなく仲良く……お得意の、一石二鳥か。2つを排除する事だけに必死になっていた周囲を、まるでアザ笑う所業である。
あれから……真木タケトは、吹奏楽部・部長の重森に怯え、先輩部員に遠慮しながらも、生徒会に毎日1度は顔を出すという生真面目さを見せた。
右川が、「うりゃ!」と、その脇腹を突き刺すたびに、「ぎゃう!」と驚いて飛び上がる。浅枝が双浜高7不思議を語り始めると、両手で祈りを捧げながら、「暗くなる前に、もう帰っていいですか」と半泣きに陥って、周囲を呆れさせるという女子らしさ(?)も見せた。
そして、俺はやっぱり密かに憂うのだ。
そんな弱腰で、重森というラスボス、そしてバスケ部というケモノ集団と、生徒会の一員として、これからどう渡り合っていくのか。
「手ごたえ無さ過ぎ。あのコ、大丈夫なのかな」
そんな桂木の困惑にも頷ける。春の陽気に誘われて飛んでくる虫に怯え、チビ如きに脇腹を突かれて飛び上がり、ユーレイ話に身体を震わせて、その場に半泣きで崩れる真木に、手応えは期待できない。ただただ、先が思いやられる。
「ひゃははは!あんたより面白いよー」と、イジりの張本人、右川だけが愉快そうにいつまでも遊んでいたな。
ふと気が付いた。
そう言えば、右川カズミ生徒会長様々が居ないじゃないか。
この肝心の、戦いの場に!
「このクソ忙しい時に、あのチビどこだ!」
会計業務の初日だというのに。
「クラスで声掛けたけど、なんか買ってくるとか……そう言えば来ないわね」
阿木は、パソコンから目を離さずにそれを言う。
桂木はスマホを覗いて、「って言ってたら、もう3時半になっちゃうよ」
「だったら右川先輩、直帰ですよ。しれーっと帰っちゃいましたよ。きっと」
浅枝は席を立つ事も無く、誰かの差し入れをまた1つ、ツマんだ。
こういう時、思うのだ。……おまえら、すっかり懐柔されてんな。
取引したとか、イジられて抵抗する力も無いとか、それぞれ事情はあるだろう。とはいえ、どうして誰も引き止めないのか。そして呼び出そうともしないのか。それでもこうして笑っていられるとは……真木の事だけではない。未来を憂う要因は、至る所にある。
「僕、探してきましょうか」
真木が空気を読んだのか(気を使ったのか)、そっと小声で囁く。
「いや、いいよ。行かなくて」
真木は突かれて泣いて舞い戻るのがオチだ。
今はとにかく、金勘定。目の前の作業に集中しなくては。
……思えば、なんでこんな事になったんだろう。
これまで学校生活の殆どを生徒会に捧げてきた。
今も往生際の悪い醜態を晒しているけれど、この選択は正しかったのか。
バスケに吹奏楽に、チビにまで囚われ、囲われ、コキ使われ、そうやって繰り広げられたこれまでの屈辱の全てを受け入れて……否応なく。否応なく。否応なく。
確か俺は、選挙に落ちて一般生徒、その他大勢のはず。
今日から、勉強に部活に合コンに、忙しいはず。
だが、今の俺は……。

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