春はまだ青いか
 その翌朝。オーベルジュの裏に広がる林で、群生する野花を二人で眺めた。何という名前だったか、雪解け直後の林床に咲く野草の一種だ。複数の色があったはずだが、そこに咲いていたものは、澄みきった青一色。

 綺麗とか素敵という感想を一通り述べた後、奈央が唐突に言った。

「本条君は、私に気を遣いすぎだと思う」

「……そうですか?」

「ほら。職場じゃないから敬語はいいし、名前で呼んで。それと、この前まで付き合ってた彼は、違ったんだと思う」

「違った?」

「うん。いい人だしすごく好きだったけど、何か違うっていうのは、途中から感じてた。向こうの仕事の都合で二年くらい離れることになってたし、結局は別れていたと思う。だから本条君には何の責任もないよ」

 横にいる彼女を見ると、真っすぐに自分を見ていた。その時思った。ああそうだ、自分は夏堀さんのこういうところが好きなのだ――と。

「……ありがとうございます」

 そう返すのが精一杯だった。そしてこの時から、「夏堀さん」は「奈央」になった。

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