フィンガーマン
『離してくださいよ』
『イヤ、智くんが泊めてくれるまでアタシ離さないんだから』
『キモ。マジでやめてください』
『あー、じゃあうち来てよ!泊まってよ!』
『は?それこそ嫌ですよ』
『お願い!朝ごはんもつけちゃう!』
『朝ごはんですか…』

お、これはグラッと来ているな。
もうひと押しだ。

『フルーツ!デザートもつけちゃう!』
『行きましょう』
『よっしゃぁ!』

周囲の女性たちの色めき立つ声が聞こえた気がした。
なんだ?芸能人でもいたのだろうか。
一瞬で興味を失い、今は森の機嫌を損ねないことに集中した。

『ちょっと、詐欺じゃないですか』
『え、なにがぁ?』
『なんでコンビニなんですか』
『メシはメシだろ』
『ちっ、来るんじゃなかった』

この子、舌打ちした…?

『まーまー、いいじゃないの。あ、じゃあ早めに家出て外で朝飯食う?』
『早く家に行きましょう』

案外チョロいな、森。
コンビニでは飲み物とちょっとしたつまみを調達し、家へ向かう。
家からコンビニまで徒歩2分の距離にあるのですぐに到着した。

『ここ』
『へー、思ってたより全然キレイっすね』
『どんな風に思ってたのかな』
『お邪魔しまーす』

森はお行儀良く靴を揃えて上がった。
育ちの良さを感じさせる。

『なー、なんでモールス信号なんて知ってんだ?』
『学生時代アマチュア無線部に所属してたんですよ』
『は?お前、陸上部じゃなかったっけ?』
『兼部してました』
『へー、かけもちなんてすげーな』
『アマチュア無線部は活動日数が少なかったですからね』
『ふーん』
『その時にモールス信号軽くやったんですけど、先輩たちが高速でやり取りしてるの見てたら悔しくなっちゃってめちゃくちゃ勉強したんすよ』
『負けず嫌いだな』
『まあ、役立つことなんて無かったんで不謹慎ですけどなんかちょっとワクワクしちゃいました』
『はっ、こっちは全然楽しくないけどな』
『はい、すんません』

森はやっぱり楽しそうに笑った。
家にいるときにこんなにリラックスしているのは久しぶりかもしれない。
あの現象がいつ起きるかとびくびくしていて、このごろは安らげる瞬間などなかった。

最初こそ嫌がっていたが男二人でシングルベッドに潜り込む。
引っ越してから人を招くのは初めてで来客用の品が何一つ整っていなかったのだ。
寝間着はぎりぎりスウェットが2着あったので洗いたてのを貸した。

狭いと文句を言いつつも人の体温に安心してすぐに意識が遠退いていく。
森は最後まで文句を言っていたが俺がウトウトし始めると諦めたようにため息を着くと大人しくなった。
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