あけぞらのつき

コツコツと堅い靴音を響かせた、遠野臨が、舞台の袖から姿を現した。



「俺にも聞かせて欲しい話だな」


傍らには、小野寺仰以を伴っている。



「御曹司」


「ミサキは?」


遠野の問いかけに、ハスミが首を振った。



「そう、ですか」


「姉君は、あれからいかがされている?」


「……泣きます」


「泣く?」



「ええ。意識は戻りません。ですが、盲いた瞼の隙間から、涙をこぼすそうです」


「それは……」



「茅花(つばな)とは、一体、誰なんですか?」


遠野の言葉に反応したように、古い映写機がカタカタと音を立てて回り始めた。



一瞬アキは、主人が目覚めたのかと顔を覗いたが、まだ眠ったままぴくりとも動かない。



それでも映写機はカタカタと回る。



始まるのは、悪夢か淫夢か。はたまた、誰かの記憶の残骸か。


遠野はやはり傍らにタカユキを伴って、狭いシートに腰を下ろした。

遠野家の御曹司は、夢の中でもタイを決して緩めない。


カタカタと、映写機が回る。


***

「アキ!!」

スピーカーから流れたのは、在りし日のミサキの声だ。


ほらこっちと白い樹精を手招きしてから、しぃっと唇に指をあてた。



「主様、そんなオイタをしていたら、大ナマズに足を食われてしまいますよ」


「あいつ、ズルいんだ。昨日は確かに捕まえたのに、ぬるんと手をすり抜けて逃げられた。なあ、アキ。山が揺れるのは、あいつが池の底で暴れてるからなんだろう?」



「そういうこともありましたが、昔話です。それに、山を揺らすほどの大ナマズは、あんなに小さくありません」



「アキは、見たことあるのか?」


「ええ。一度だけ。主様なんて、一口で丸飲みされてしまいますよ」



池を覗いていたミサキは、恐る恐る水辺から離れ、樹精の背に隠れるように抱きついた。



「今日は……この辺にしといてやる。別に怖いワケじゃないからな」


強がった捨てゼリフは、やがて暗転した。



< 62 / 93 >

この作品をシェア

pagetop