あけぞらのつき


***

これは、知らない天井だ。


ぼんやり開けた視界に入った光景に、ミサキは、知らない天井だと判断を下した。


山家のベッドは絹布の天蓋だし、遠野の邸宅は檜の板が張ってある。

今見えているのは、そのどちらでもない、無機質な白い天井だ。


二度三度と瞬きを繰り返し、ミサキは、傍らで眠っているはずの白藍を探った。


「お目覚めになりましたか?」



白藍の代わりに、心配そうな女の声が、ミサキに呼びかけた。



「お嬢様?」


「のどが……」



「はい!すぐにお水をお持ちします」


女は頭を下げて、部屋から出て行った。

ドアが閉まるか閉まらないかのうちに、廊下の方で、坊ちゃま!と呼ぶ大声が、走っていった。


あの女は、遠野家のメイドだったのかと、ミサキは白いベッドの中で、考えるともなしに考えた。


どうやって目覚めたのかも分からない。胸の中に、ひどく大きな穴があいてしまったみたいだ。


「白藍」


ミサキは姉弟(白藍に言わせれば兄妹となるだろう)と育ったアルビノを呼んで、もう一度ベッドの中を探った。

何度探っても、そこには何もない。

ミサキは白い部屋の中で、一人きりだった。



「あ……」


その名を呼ぼうとして、声が詰まった。

言葉の代わりに、涙が一粒こぼれ落ちた。


***

コンコンとノックの間ももどかしく、遠野臨は病室のドアを開けた。


ミサキが目覚めたと、メイドが呼びに来たのは、面会時間終了直後のことだった。

遠野と入れ替わりで残してきたメイドは、切らせた息で、ミサキの意識が戻ったと告げた。


ミサキは窓の枠にもたれるように、空を見上げていた。



「ミサキ……?」


空には、満月にはまだ早い、歪んだ月がかかっていた。



「何だ、遠野か。湧いて出るなら夢の中だけにしとけよ」


月明かりに照らされて、孤高の眠り姫が振り返った。



「本当に、ミサキなのか?」



「他に誰がいると言うんだ?白藍は?」


「動物は病院へ入れないからな。あの公園で待ってるよ」



「そうか。でもだからって、わたしのそばから離れたらいけないと、あ……」


ミサキはそこまで言って、のどに手を当てた。





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