イジワル御曹司様に今宵も愛でられています

「濡れたなー」

「濡れましたね」

「それにすっかり、酔いも醒めた」

 ずぶ濡れになったお互いを見て、また笑い声を上げる。


「部屋に帰ろうか、風邪を引く」

「……そうですね」

 本当はもう少し、二人でいたい。そう思ったけど、私には口に出す勇気はまだ出ない。

 今度は私が智明さんに手を引かれ、ホテルの方へと歩き出した。


「結月」

 名前を呼ばれ、顔を上げた。


 智明さんの顔から笑みは消え、ひどく真面目な眼差しが私を捕える。


「結月、俺は」

 続く言葉を、息を詰めて待った。


「さっきの結月の言葉が氷見さんから俺を守るための嘘でも……嬉しかったよ」

 智明さんの『嬉しい』の一言が、私の胸にじんわりと広がる。

 そんなふうに言ってもらえて、私も『嬉しい』です、智明さん。


「でも俺は……欲張りになりすぎたのかもしれないな」

 その後に智明さんがポツリとこぼした言葉は、私の耳には届いてはいなかった。

< 139 / 178 >

この作品をシェア

pagetop