目覚めたら、社長と結婚してました
 そうであってほしいような、ほしくないような。ところが書斎の前で話し声が聞こえたので、私は足を止めた。深夜の静まり返った廊下には部屋の声がよく響く。

 無視して先に寝室に行こうかとも思ったけれど、私は忍び足で書斎に向かった。せめて顔を出してからにしよう。

 そう思ってドアに手を伸ばしたところで、聞こえてきた言葉に私は大きく目を見開いた。

「どうだろうな。誰と結婚しても同じだったんじゃないか?」

 はっきりと怜二さんの声が耳に届く。ただ言葉の意味まですぐに理解できない。なにかの呪文のように、嫌な汗が背中に伝って、胸が苦しくなってくる。

 そして続けられた言葉は、今度こそ私の胸に刺さった。

「しょうがないだろ。愛し合って結婚したわけでもないんだ」

 息も足音も殺して私はその場を離れる。ベッドに頭から潜って、さっきから無限ループで脳内に再生される怜二さんの言葉に耳を塞ぎたくなった。

 私、能天気なのもいいところだ。

 怜二さんの言ったことは全部正しい。私たちは愛し合って結婚したわけじゃない。彼が結婚相手にこだわっている様子がなかったのも知っている。

 だからって……。

 涙腺が緩みそうなのを、力を入れて必死に耐える。傷つくなんておこがましい。

 もしかしてキスより先のことをしないのもそういうことなのかな。好きでも、愛してもいないから?
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