目覚めたら、社長と結婚してました

【1st piece of memory】

 どうしよう。やっぱりやめようかな。

 ダークブルーのドアの前でたたずむこと早十分。傍から見たら間違いなく不審者だ。レバータイプの取っ手はくすんだゴールドで装飾がやけに細かく豪華だった。

 こんなにもドアを開けるのに緊張するのは、うちの会社の面接試験のとき以来かもしれない。あのときは迷う暇などなかったけれど今は違う。

 時間はいくらでもあるし、最悪このドアを開けないという選択肢だってある。

 七月に入り気温は日々上昇している中、湿度を伴った雨の日々とはそろそろお別れになりそうだ。

 この一週間は梅雨明けしそうでしない微妙な天気が続いていたが、今日は幸い晴れている。そんな後押しもあった。

 金曜日の午後八時過ぎ。外はあんなに人がごった返していたのに、このビルの五階のフロアに人通りはほとんどない。

 ここにはクリニック、フィットネスジム、アパレル関係などありとあらゆる一流施設が入る総合ビルだ。この階には日本有数のメガバンク等が入っている。

 そのため今の時間帯は全体的にシャッターが閉まっていて薄暗い。 

 ATMはエレベーターを降りてすぐのところにあるし。私がいるのはエレベーターを降りてから一番遠い最奥といってもいい場所だ。

 ほんの少しの明かりがドアを照らしている。この扉の向こうは私にとってはまったくの未知だ。知らないままでいてもなんら支障はない。でも、私は一歩踏み出すと決めたんだ。

 腹はとっくに括った。こんなところでつまづくわけにはいかない。
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