目覚めたら、社長と結婚してました
 もう余計なことはなにも言えない。触れられた箇所が必要以上に熱くて、社長の目が本気で心配そうだったから。

 彼が病室を出るのを見送ってから、私は枕に頭を沈めて目をつむった。言い知れぬ恥ずかしさが体中を駆け巡る。

 どうしよう。息が上手くできなくて胸も苦しい。

 恋愛経験がほとんどない私がいきなり結婚、しかも今からするのではなく、しているだなんて。しかも相手は私とは真逆で色恋沙汰にも慣れていそうな社長なんだから色々とついていけない。

 一社員として社長の噂はあれこれ耳に入っていた。どこまでが仕事でなのかは知らないけれど、連れているのはいつも華やかで目を引く美人ばかりだって。

 でも特定の彼女がいる様子も結婚する素振りもなくて、グループ会社の役員を務めているご両親はやきもきしているとか。全部私には関係ない話だと思って聞き流していたのに……。

『お前は俺のものなんだよ』

 社長に言われた台詞が脳内でリアルに再生され、素で叫びそうになるのをすんでのところで堪えた。この発散したい気持ちはどうすればいいの。

 窒息しそうになるほど枕に顔を埋める。違う、そういう意味じゃない。彼が言っているのは物理的にというか、結婚したからであって……あれ? そうなると私ってやっぱり彼のものなの?

 混乱と息苦しさで、頭がパンクしそうだ。ただでさえ、頭を打って入院している状況なのに。私はぎこちなくもゆっくりと息を吐いた。そして体を反転させ、天井を視界に捉える。

「リープリングスか」

 バーに行った記憶も彼と出会ったことも覚えていない。でもこの単語は知っている。たしか……。

 そこまで考えて意識が沈みそうになる。私はそのまま再び夢の中へと落ちて行った。
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