目覚めたら、社長と結婚してました
 ぎこちなく瞳を閉じて、彼に身を委ねようとした。ところが、唇が触れるかどうかの微妙な距離で私の中のなにかが衝いて出た。

「あのっ」

 声をあげたことで、甘やかな空気も吹き飛んだ。至近距離で社長と目線が交わるものの、私は勢いを崩さず続ける。

「伯母から両親のことを聞きました。あっちで新規店舗を展開するのにお世話になったって。ありがとうございます」

 これは今する話でも、急ぐ話でもない。そのせいか彼の表情が微妙に陰り、静かに私から離れた。

「たいしたことじゃない。これからヨーロッパとの繋がりは強化していきたいところだったし、現地の人間の持つネットワークやコミュニティは貴重だからな」

 彼の言い方が妙に理屈っぽく感じたのは気のせいか。天宮グループとしては様々な分野を手広く手掛けているので、まったく関係ないとも言いきれないかもしれない。

「でも、少なくともうちの会社とパティスリーを経営している両親とは畑違いなのもいいところだと思うんですが……」

「妻の両親に事業を手を貸すのに、分野はあまり関係んないだろ」

 さらっと彼の口から『妻』という言葉が飛び出し、私の意識はそちらにすべて持っていかれる。勝手に照れていると、社長が話題を変えた。

「ひとつ、いいか?」

「なんでしょうか?」

 なにを言われるのかと肩に力を入れる。社長は少しだけ怒った顔になった。

「記憶がないとはいえ、『社長』呼びはやめろ」

 先ほどの発言も合わさり、彼の指摘に私は慌てた。たしかに戸籍上、私は彼の妻で夫婦なんだから役職呼びは妙だ。
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