Some Day ~夢に向かって~
「じゃ、行ってきます。」


「行ってらっしゃい、とにかく最後まで精一杯ね。」


「はい。ありがとう、お母さん。」


「姉ちゃん、答案用紙に名前書き忘れるなよ。」


「あんたじゃあるまいし。じゃあね。」


最初の入試の日になった。多くの人がそうするように、今日の大学は、第一志望受験前のいわば、場慣れの受験なんだけど、やっぱり緊張感は半端ない。高校入試の時ともちょっと違う緊張感のような気がする。


お母さんと自分の出番は少し先で、まだ人にちょっかいを出す余裕のある弟に見送られて、私は自宅を出る。


私は電車通学の経験がないから、朝のラッシュを知らない。聞きしに勝るすし詰め状態に、気休めに参考書を開くことも諦めざるを得なかった私は、それでも女性専用車両に潜り込めた幸運に感謝しながら、電車に乗り込んだ。


今までの模試やセンタ-試験の時は、由夏やクラスメイト達が一緒だったけど、今日は1人。それが余計に緊張感と不安を増幅するけど、それは慣れていかないと。


(そう言えば、徹くんも今頃、会場に向かってるな。)


徹くんも今日が受験初日。このところ、LINEでのやりとりがほとんどだった私達だけど、昨夜は久し振りに少し携帯で話した。


『風邪ひいてないか、悠?』


「私は大丈夫。徹くんは?」


『俺は身体だけは頑丈だから。学力が伴わないのが、悩みの種なんだけど。』


そう言うと、徹くんは笑う。


「その様子じゃ、心配なさそうだね。」


『とんでもない、心配大ありだよ。とうとう絶対やれるって手ごたえはつかめずじまいだったからな。』


「徹くん・・・。」


不安を正直に吐露する徹くんを、なんとか勇気づけてあげたいんだけど、なかなか言葉が見つからないのが、もどかしい。


『この年齢にしては、それなりに修羅場をくぐり抜けて来たつもりだったけど、全然異質なプレッシャ-だよ。でもここまで来たら、もう開き直るしかねぇよな。』


「そうだよ。大丈夫、徹くんのいざという時の凄さは、私はよく分かってるよ。」


ようやく励ましの言葉めいたものが、口についた。


『ありがとう。まぁ度胸だけは負けないつもりだから。とにかく精一杯やるよ。』


「うん、頑張ってね。」


『ああ、悠もな。』


「はい。」


『ホントは悠の家まで、行こうかと思ってた。抱きしめて、悠からエネルギ-チャ-ジさせてもらおうと思って。』


「徹くん。」


私も会いたかったよ。


『でも、こうやって声聞けただけで十分パワ-もらった。ありがとう。』


「うん、私も。」


名残惜しかったけど、こんな会話を交わして、私達は電話を切った。


(徹くん、悔いなき戦いを。私も頑張るから。)


私は離れている恋人に、改めてエ-ルを送った。
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