Some Day ~夢に向かって~
授業が終わったのは、10時過ぎ。先輩とは教室が違っていたから、正直助かった。周りの雰囲気もあって、私は授業に集中することが出来た。

(さぁ、帰ろう。)

受験生の夜は長い。帰ってお風呂に入ったら、またひと頑張りしなきゃ。

1人帰路についた私を

「水木さん。」

自転車を押した先輩が、後ろから追いかけて来た。

「あっ、お疲れ様です。」

「送ってくよ。」

「えっ?」

「こんな時間に危ないよ、1人じゃ。」

「そんな、大丈夫です。いつも1人で帰ってますから。」

昼間話して、先輩も自転車通学ということは知っていたけど、私の家とは反対方向で、相当な遠回りになってしまう。断る私に、先輩は言う。

「そんなこと言わないで送らせてよ。心配だし、今日のお礼だと思ってくれればいいから。」

結局、押し切られて先輩と一緒に歩き出す。

「いつからあの予備校に?」

少し黙って歩いてたけど、思い切って話し掛けてみる。私の方から話し掛けたのは考えてみると初めてだった。

「今日から、昨日手続きしたんだ。」

まっすぐ前を見ながら、先輩は答えてくれる。

「とにかく勉強しないとさ、俺も一応受験生だから。」

その先輩の言葉を聞いて、私はずっと気になっていたことを口にしてしまった。

「先輩・・・やっぱり肩が・・・。」

「ああ、完全にダメになった。」

予期してた答えだったけど、私は聞いたことを後悔する。

「1年間、いろいろ足搔いてみたんだけど、もうどうにもならなかった。」

先輩のその答えを聞いて、私は思わず足を止めてしまう。

「どうしたの?」

「すみません、変なこと聞いてしまって。」

実質、今日知り合って、少しお話しただけの関係なのに、デリカシ-のないことを聞いてしまった。

「ごめんなさい。」

涙があふれ出して来たのを感じて、下を向く私。

「いいんだよ、別に隠すつもりもないし。水木さんが気にすることじゃない、だから泣かないでくれよ。」

「でも・・・。」

わかってたんだ、私はあの日、甲子園にいた。先輩の高校最後の試合となる昨年の夏の大会決勝戦、それは暑い日だった。

アルプススタンドを埋め尽くした生徒、教職員、保護者、OBそしてベンチ入り出来なかった選手たちに混じって、私は先輩に精一杯の声援を送った。

だけど、あの日の先輩はいつもの先輩じゃなかった。全然ボ-ルにスピ-ドが乗らずに、初回から相手のバッタ-に面白いように痛打された。

「どうしちゃったんだろう?白鳥先輩。」

「うん・・・。」

隣の由夏が心配そうにつぶやくのに、私はうなずくことしか出来ない。

(頑張って、先輩・・・。)

でも私の祈りも空しく、先輩の調子は一向に上がらないまま、ついにあの時を迎えた。

3回、先頭打者に出塁を許す先輩。大きく揺れる肩が、既に限界が近いことを私達に伝えている。それでも先輩は次の打者に1球目を投じた。

「ウワァーッ。」

その瞬間、満員のスタンドが一瞬にして静まり返る。

「先輩!」

思わず叫んでしまう私、その視線の先には、絶叫しながら、右肩を抑えて倒れ込む先輩の姿があった。

(どうしたの?先輩!)

何が起こったのか全くわからない私達。やがて担架に乗せられ、先輩は激痛に顔を歪めたまま、運ばれていった。そして、それっきり先輩は私たちの前から姿を消してしまった・・・。

そして今、予備校に通う先輩。甲子園で優勝4度、望めば大学にでも、社会人野球でも、ううんプロ野球にだって進めたはずなのに、受験をしなくちゃならなくなった。それが何を意味しているのか、わざわざ聞かなくたってわかるのに・・・。

「水木さん。」

涙が止まらずに、まだ顔を上げられない私の頭に先輩の手が優しく置かれた。

「先輩。」

顔を上げた私の涙をそっと、ハンカチで拭ってくれる先輩。そんな先輩の顔を思わず見つめてしまう私。

「優しいんだな、水木さんは。」

黙って首を横に振る私。

「ひょっとして、あの試合見ててくれたのか?」

「はい・・・。」

「そうだったんだ。でも大丈夫だよ、野球をあきらめるのは確かに辛かった。だけどさ、1年かかって俺は、新しい夢を見つけることが出来たんだ。」

「新しい夢?」

「ああ。だから戻って来た。その夢に向かって歩き出す為に。その為に俺はまず、どうしても大学に入りたい。」

「大学に?」

先輩は大きくうなずいた。

「すまん、送るなんて言って、かえって寄り道させちゃったようなもんだよな。家族が心配してるだろう、さぁ急いで帰ろう。」

「はい。」

(ごめんなさい、先輩。でも頑張ってね。)

心の中で私はつぶやいた。
< 12 / 178 >

この作品をシェア

pagetop