彼の隣で乾杯を
何があったかなんてわからないけれど、確かに早希は待っててと言った。
だったら私は待つしかないのかもしれない。

「谷口と康史さんのことは俺の方から探りを入れておく。とりあえず由衣子はこの件に関して動くな」

確かに高橋は早希と同じ部署だし、関係がありそうな副社長とも親しいのならなおのこと彼に任せる方が良いのだろう。

こくりと頷くと、ふっと高橋がホッとしたような息を吐いた気配がした。

「谷口がいなくても俺がいるから。いつでも呼び出してもいいから」
頭の上から高橋の声がする。
その声は低くて心地いい。

いつ呼び出してもいいだなんて嘘つき。高橋はいつだって忙しいじゃないと心の中で呟いた。

でも、うれしい。
単純にうれしい。

高橋が私の背中をやさしくさする。
子供をあやす親のように。

「大丈夫だ、由衣子」高橋の声も私をさする彼の手も温かい。

目を閉じると今日の疲れがどっと出てきて身体が重くなるのを感じる。
先週からドイツに行っていて実は昨日帰国したばかりだった。

はあっと息をつくと「もっと力を抜け」と高橋の声がした。

その途端、暗い闇に引きずり込まれるように瞼が重くなって身体の力が抜けた。

なにこれ、催眠術?
眠りに落ちながら「由衣子・・・」と呼ぶ高橋の声が聞こえるような気がしたけど、ごめんね、もう眠くて起きられない。

張りつめていた糸がプツリと切れるように意識が闇に落ちていった。


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