彼の隣で乾杯を
何だか腑に落ちないけれど、昨日残業ができなかったから仕事をしなくてはいけない私は首をひねりつつ自分のデスクのあるオフィスに向かった。

海外事業部は基本フレックスだ。
いつも誰かがいるっていうのは言い過ぎだけど、ビジネス相手の国とは時差があるので日本の標準的な勤務時間ではやっていけないことが多い。

今朝は小林主任がもう来ていた。
来ているっていうよりも帰っていないのかもしれない。

「おはようございます」

「ああ、薔薇姫か。おはよう」
小林主任は私の声にパソコン画面からからこちらに向かい顔を上げた。

「主任、もしかして徹夜ですか?」

「いや、緊急連絡があって仕方なく夜中に来たんだ。さっきやっと確認も終わったし今日は昼で帰るよ」
緊急案件?
私の背中に緊張が走る。

「何かありました?もしかして私のチームに関係ある案件ですか?」

「いや、南米関係だから大丈夫だ。薔薇姫には関係ないよ」
私の緊張を解くように小林主任は立ち上がりわざとらしいほど大きく伸びをする。

「主任、その”薔薇姫”って呼ぶのやめてもらえませんか?」

はっきりとムッとした表情を作って小林主任にアピールをする。
この人は私の新人時代の指導担当社員で、私が独り立ちするまで本当にいろいろお世話になった恩はあるけれど、私に対するその呼び方は許せない。


小林主任。33才。

先月人事異動で北海道支社から本社に戻ってきた。
海外事業部イチ有能な男。もうすぐ係長を飛び越して課長になるという噂もある。

副社長ほどではないけど、見た目はかなりいい。嫌味のない上等なスーツにスッキリした顔立ち。一見するとクールな印象だけど、たまに見せる笑顔は破壊力抜群でそれを見ると緊張感も和らぎ警戒心が解かれてしまうという優れものの容姿を持つやり手の営業マンだ。

私は営業のノウハウをこの男から学んだ。

ーーーその他のことも、ちょっとだけ。


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