彼の隣で乾杯を
翌朝、湖水地方に移動した私たちは湖のほとりから少し離れたところにひっそりと建つプチホテルに入った。おとぎ話の世界に入り込んでしまったような不思議な気持ちになる。

ここ湖水地方は古くはイタリア貴族の別荘地でイタリア人にとってもあこがれの地だという。
湖のほとりには世界的に有名なホテルや宮殿を思わせるようなホテルが並んでいる。

高橋に連れて来られたのは上品で感じの良い老夫婦がオーナーをしているもと貴族の別荘だったという建物のホテルだ。
部屋数もごくわずかで、置かれている調度品はとても上品なもので触れるのをためらってしまうほど。

チェックインを済ませた高橋が大きな窓からうっとりと庭を眺めていた私のところに戻ってきた。

「オーナーは夕食後に面会してくれるそうだ」

そうか、私たちは神田部長の指示で来たんだっけ。
つい気の合う同行者ときれいな景色に仕事を忘れていた。

「もしかして忘れてたか?」
高橋がゲラゲラと笑いだした。

「ごめん、ここまでの移動も楽しかったし」

「いいよ。仕事の鬼って言われてる海事の薔薇の花が仕事を忘れるほど楽しんでるってことだろ?光栄だ」

「うん。まさか高橋と海外旅行できると思ってなかったから。思い切り気が緩んでる」

「え、まじか」
私の言葉に驚いたように目を見開いた後で、高橋は嬉しそうに顔を緩めた。

私の頭をごしごしと撫でると
「夕食まで散歩に行こうぜ」とても嬉しいお誘いをしてくれた。

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