彼の隣で乾杯を
「ね、それで明日はどうする予定なの?」
「建前の神田部長から頼まれた仕事をするさ」

「で、そろそろその仕事に中身を教えてちょうだい」
「わが社の会長の還暦祝いを買いに行くんだよ」

会長の還暦祝い?
わが社の会長は現在の社長と副社長の父親で私の就職する数年前に体調を崩されて早目に引退したと聞いている。

でも、会長の還暦祝いを買いに行くのが業務だとはね。本当に休暇のための建前らしい。

「で、どこに?」

「湖水地方」

「湖水地方ってスイスに近い所よね」

「そうだ。そこの小さなホテルで出されるワインがどうやらかなり特別なものらしくてさ。宿泊者だけが購入できるものだから、そこに泊まって手に入れてくるようにって指示されてるんだ」

「その辺りってリゾートだよね。何だか贅沢な気がするけど。二人分の宿泊費なんて経費で落ちるの?」

「部長の指示なんだから大丈夫じゃねぇの?由衣子はそこ気にしなくていいから」

こんな休暇なんて聞いたことないけど、彼がいいというなら深く考えないようにしよう。

それに今まであまり好んで飲まなかったワインだけど、高橋のおかげで美味しいものを知ってしまった。今後はチャンスがあれば私のアルコールの選択肢の中にワインも加わることになりそうだ。

「由衣子には通訳を頼む」

「え?高橋イタリア語ぺらぺらじゃん。タクシーだってホテルのチェックインだって、ここのオーダーだって私はほとんど話してないもん」
何言ってんのよ。

「いや、建前は俺はイタリア語が話せないってことになってるんだ。交渉関係は由衣子に任せるよ」

おやまあそういうことか。

「んー、わかった」

そう言いながら徐々に眠くなる。

このところの緊張状態ハンパなかったから。
どうやら高橋の顔を見て気持ちが緩んでしまったようだ。


ホテルの隣の部屋に高橋がいる安心感。
自分の部屋に送ってもらい私は幸せな気持ちですぐに眠りに落ちた。

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