向日葵
言葉の意味がわからなかった。


ただ、瞳は全てを見透かしているようで、この人がクロの言う“社長サン”なのかと、そんな陳腐な答えしか導き出せなくて。


玄関のドアへと背中を預ける彼と、壁いっぱいまで身を寄せたあたしとの距離は、どんなに大きく見積もっても、1メートルにも満たないだろう。



「10年前、家出したアイツを拾ったのは、この俺。」


「…家、出…?」


「そう、龍司は父親から逃げたんだ。」


だから、“家族はいない”と言っていたのだろうか。


こんな話をしている時でも向かい合う彼はポーカーフェイスを崩すことはなく、嬉しそうに持ち上げられた口元が、何故だか怖いと感じるばかり。



「喋らないし獣みたいな目してるし、今とはまるで別人。
ムカついたら当たり散らすし物壊すし、ホント手に負えなくて。」


ククッと喉を鳴らし、彼は思い出すように煙草を咥えた。


とてもそんなクロを想像出来なくて、あたしは戸惑うことしか出来ないのだけれど。



「まぁ、俺の仕事手伝い始めた辺りからは、少しは人間味を帯びてきたけどね。」


「何それ。
人間じゃない、みたいな言い方しないでくれない?」


「へぇ、キミはサチと同じこと言うね。」


「―――ッ!」


突然に出てきた名前に思わず目を見開けば、“あんなののどこが人間?”と、彼は不服そうに眉を寄せた。


落ち着こうと吐き出した吐息は震えていて、まるであたしの動揺を楽しむような瞳が落ちてきて。



「アイツ、俺の妹に手を出して、その上妊娠させちゃったんだよ?」


「…えっ…」


「人殺しまがいの男の子供なんか、ゾッとするよね。
なのにサチは、俺の話も聞かずにひとりで産んじゃって。」


この人は、一体何を言っているんだろうか。


どの言葉を取っても何ひとつ理解出来なくて、力が抜けたようにあたしは、壁を伝うようにしてフローリングへと崩れ落ちた。


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