向日葵
半ば強引にクロを送り出すのもまた恒例となっていて、やっと静かになった部屋であたしは、疲労の色が滲むため息を吐き出した。


鏡に映ってる自分はひどく冴えない女で、元々薄付きだったキスマークは、いつの間にかあたしの首元から消えていた。


もう何もなくなったその場所に指先を這わせながら、どんどん母親に似てくる自分の顔に嫌気がさしてきて。


彼女と同じ血が流れているということを、より鮮明にあたしに伝えている気がした。



『自分の食いぶちくらい、体売ってでも稼いできてくれれば楽なのに。』


そんな台詞が頭の中をぐるぐると廻り、無意識のうちに首元に爪を立ててしまう。


痛みと過去の記憶の中で唇を噛み締め、もう体を売らないのだと誓ったことを、心の中で反復させた。







刹那、ピーンポーンとチャイムの音が響き、弾かれたように顔を上げた。


先ほど出て行ったばかりのクロが忘れ物でもしたのだろうかと、そう思い、鏡に向かって無理やりに顔を作りあたしは、玄関へと急ぐ。


少し早くなった心臓を落ち着けるように一度深いため息を吐き出し、ガチャリと扉を開けてみれば、“え?”と、思わず戸惑うような声を漏らしてしまった。


そこに立っていたのは、クロではなく、知らない男の人。


30代半ばくらいだろうか、スーツを着ているものの、茶色い頭と紫のシャツに、とても普通のサラリーマンとは思えず、無意識のうちに体を強張らせてしまうようなオーラを持つ。



「キミが“夏希チャン”でしょ?」


そう、口元だけを上げた顔を傾け、彼はあたしに問うてきた。


口調はどこかクロと似ていて、何を考えているのかわからないような貼り付けた笑顔は、出会った頃の彼そのものと言った感じなのだが。



「…あ、の…」


「あぁ、紹介が遅れたね。
俺、一応龍司を雇ってる人なんだけど。」


思わず足を引いたように身じろげば、その隙を突いたようにパタンと彼の背中越しの扉が閉められ、“ヨロシクネ”なんて言葉がそれに被さった。


本能なのか恐怖心を覚え、玄関先で見も知らぬ男と二人っきりだというこの状況が、ひどく重苦しく感じて。



「アイツのこと、どこまで知ってる?」


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