向日葵
ベッドの中はクロの香りばかりがして、とてもじゃないけど寝ることなんて出来なかった。


涙ばかりが溢れ、誰も居ないはずなのにあたしは、無意識のうちに声を殺してしまう。


もう鳴るはずのない携帯を握り締めていれば、次第に雨音が窓ガラスを打ち始めた。


あの人は今、どこで何をしているのだろう。


あたしのことばかり考えてくれているのなら、こんなに幸せなことはないはずなのに。








『俺の部屋、当分好きに使って良いから。』


あの時、体を離したあたしにクロは、視線を落としたまま、そんな言葉を投げた。



『どのみち、今月末であの部屋の契約更新するつもりなかったし。
だからお前も、それまでに住むとこ探しとけよ。』


『…クロ、は…?』


『俺のことなんか気にすんなって。
別に、住むとこなんかいくらでもあるし。』


築くのはあれほど時間が掛かったはずなのに、なのに失うのは、本当に一瞬だった。


梶原に会わなきゃこんなことにならなかったかもしれないけど、でも、きっともっと別の形で壊れていただろうから。


お互いを思い合うことが、これほど難しいことだなんて知らなかった。


あたし達は、支え合うことから逃げただけなのかもしれないけど、それでもこれが最善だったと思いたい。



『強く、なろうね、お互い。』


時間が掛かってもあたしは、自分ひとりの力で立てる人間になろと思った。


だってそうでもしなきゃ、もしクロに会えたってまた、同じことを繰り返すだけだから。


向きあうことを教えてくれたクロに、あたし自身が強くなることで、報いることが出来ると思ったんだ。


サヨナラは、言わなかった。


単に言えなかっただけなのかもしれないけど、それでもいつかまた会える日を夢見れば、ちゃんと生きられる気がしたから。


湿度を含んだ風が二人の距離を優しく撫で、あたしはひとり、クロに背を向けた。


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