臆病でごめんね
「そろそろ始業時間よ。用が済んだのならさっさと行きなさい」

彼女達と同じく、秘書課に所属する本丸才加さんだ。

言葉を繋ぎながら足早に洗面台まで近付いて来る。

「は、はい」

「すみませーん」

二人は見るからに焦りながらそう返答すると、そそくさと化粧室を出ていった。
入れ違いに本丸さんは洗面台の前に立ち、手を洗い始める。

彼女は今年31歳。
秘書課には他にもっと年上のベテランさんはいるけれど、若手には彼女が一番恐れられているようだ。
何故なら優秀な人ばかりが集まる当該部署の中でも軍を抜いて能力があると評されていて、それ故に、後輩達の教育係を任され、歯に衣着せぬ物言いでバリバリ指導して来たから。

なおかつ170センチの長身で目鼻立ちの整った迫力のある美人。

どうしても対峙した相手が威圧感を覚えずにはいられない存在なのだった。

私と彼女達には業務上での接点はないけれど、別に聞こうと思わなくても私の立場上、自然とそういう情報は耳に入って来てしまうのだ。

本丸さんはさっきみたいに後輩達が私をからかっている場面に遭遇すると必ず助けに入ってくれる。
本来なら感謝しなければいけないのだけれど…。

「お疲れ様です」

手を洗い終えた本丸さんは一言そう発し、私の返事を待つことなくキビキビとした足取りで化粧室を出て行った。


……やっぱり、正直ちょっと苦手だな。

その声音も表情もとてもビジネスライクというか無愛想というか…。
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