臆病でごめんね
壁越しに二人の足音を聞き、それが耳に届かなくなった所で思わず詰めていた息を吐く。

…副社長があんなに恋心を募らせていたなんて。

あれほど苦しんでいたなんて。

しかもその相手は…。

『ついつい仲裁に入ってしまう』
『二人きりになれたりしたら浮かれてしまったり』

とても身に覚えのあるエピソード。

それってつまり、そういうことだよね。

やっぱり…。
薄々勘づいていたことが決定的になってしまった。

副社長は私に特別な感情を抱いて下さっているんだ。


どうしよう。
どうしたら良いの?

身分違いの恋だから、早い段階できっちり諦めようと思ったのに、あんな切ない本音を聞いてしまったらその決心が揺らいでしまうよ。

悶々と思い悩みながらも私はひとまず歩き出した。

もちろん二人に追い付かないようにゆっくりとした歩みで。

そして心ここにあらずのままフラフラと歩を進め、ビルを出て、自宅への帰路を辿ったのだった。


その五里霧中感は翌日にも繰り越されてしまって。

大したことではないけど朝から幾度かプチミスを繰り返し、いつものごとく先輩に必要以上に責められ、大分メンタルに負担がかかったところでやっかいなトラブルに見舞われてしまった。

「つっ…」

ぼんやりしていた私は手のひらに感じた抵抗力と、小さく発せられたその呟きにハッと我に返る。

「あっ」

「大丈夫ですか本丸さん!」
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