伯爵令妹の恋は憂鬱


「次の場所を考えようか。マルティナ」

「わ、私。ディルク様たちのところに戻ります……!」


マルティナには、ミフェルが得体のしれない化け物のように感じられる。彼の話は強引で理論的のようで感情的で、どう言い返したらいいのかわからない。まるで蛇ににらまれたカエルのように、思考が停止してしまう。

せめてもの救いがトマスがそばにいてくれることで、彼の手が背中や肩など、体の一部を支えてくれるたびに、凍り付きそうな思考が少しばかり動いてくれる。

だけど、使用人であるトマスの言動など、ミフェルは歯牙にもかけない。話の通じない相手ほど怖いものはなく、マルティナは階下に逃げようとトマスの腕を引っ張ったが、背中にミフェルの言葉が投げつけられる。


「じゃあ勝手にみるけど、いいんだね?」

「それはっ……」


マルティナが返答に困っていると、階下から騒がしい物音が聞こえてきた。扉の開いたような音、駆け付ける人の足音。どうやら誰か来たようだ。耳を澄ますとカスパーの声が聞こえてくる。


「これは、フリード様! どうされました?」

「カスパー、ご苦労。誰か客人が来ているのか? 見慣れない馬車があったが」

「ええ。アンドロシュ子爵家のミフェル様とアンネマリー様が」


兄の声が聞こえて、マルティナは瞬きをする。
空耳ではないかと慌てて二階の欄干に駆け寄り、身を乗り出して覗くと、美しい金髪が見えた。間違いなく、そこにいたのはフリードだった。

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