略奪連鎖
 孝之と結婚したのは2年が過ぎ、彼が32歳、私が26歳の頃だった。

 ある程度の時間を共有するとお互いに慣れが生じ、気遣いや愛情が目減りするみたいな話はよく耳にするし、実際、過去の彼氏もそうだった。

 けれど孝之は変わらず優しくて、惜しみない愛情を私に注いでくれる。ケンカらしいケンカもしたことがなかった。毎日が平穏と安寧に包まれていた。

「なんでそんなに優しいの?」

 時々、不思議に思って彼に訊いたことがあった。孝之は「そんなに優しいかな」と自分がいかに優しい人間であるかちっとも気付いていないような様子だった。

「孝之みたいに優しい人ってそういないよ」

 そう言うと彼は決まって照れたような、ちょっとだけ困ったような笑顔を見せた。

 結婚から半年ほど経ち、私は専業主婦になった。

 栄養バランスを考えた食事を作り、部屋を隅々まで掃除して快適な空間を作ること、それが孝之のためであれば苦にならず、むしろ、そうすることが私にとって生き甲斐になっていた。

 これまで仕事に忙殺される日々だったけれど、空いた時間は料理教室やパン作りの教室に通ってみたりもした。

 相坂さん、と彼と同じ名前で呼ばれることが嬉しい。左の薬指に輝くひんやりとしたプラチナのリング、その輝きを眺めるだけで幸せに頬が緩む。愛する人と結婚すること、それがこんなにも自分を満たしてくれるなんて知らなかった。

 私たちは永遠にこの安寧に満ちた日々に生き、そして愛情を共有していけるのだと信じて疑わなかった。
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