navy blue〜お受験の恋〜
幼稚園から帰ってきた乃亜に、みちかは手作りのクッキーを食べさせ着替えをすませると、手を繋いで駅の近くの音楽教室へと出かけた。

最寄り駅は子供の足で自宅から徒歩20分くらいだった。
今までこの道のりを歩くと、乃亜は立ち止まり抱っこを求める事もよくあったのに、年長になってからは自分の力で駅まで歩くようになった。
これも成長なのかとみちかは嬉しく思っていた。

予備校などが入っているビルの5階へエレベーターで上がると、バイオリン専門店があった。
みちかと乃亜が入店すると、奥のレジにいた店員がすぐに気づき「いらっしゃいませ。」と声をかけてくれた。

その若い女性の店員はみちかと乃亜に歩み寄り、「こんにちは。体験のお客さまですよね?」と人懐こい笑みを見せた。
「はい。16時から体験の予約をさせていただいた友利です。よろしくおねがいします。」
みちかはその店員の笑顔にホッとしながら挨拶をして深々と頭を下げた。

店内には小さな防音室が数部屋設置されていてその中でレッスンを受ける仕組みになっている。
予約をした講師は、子供への教えを専門とする若い女性講師で、講師、みちか、乃亜の3人で狭い防音ルームの中、レッスンは行われた。
引っ込み思案な乃亜は、最初は消え入るような小さな声で返事をしていた。
それでも初めて触れたバイオリンの弦を、しっかりと押さえることができると講師に褒められ、徐々に乃亜の顔は生き生きとしていった。

斜め後ろの椅子に座って、みちかはドキドキしながらレッスンを見守っていた。
手先が器用な乃亜には、もしかしたらバイオリンは向いているのかもしれない、と思った。

30分のレッスンはあっという間で、講師は簡単にレッスンの予約方法を説明して勧誘をするでもなく、笑顔で「お疲れ様でした。」と防音室のドアを開けた。

みちかと乃亜は頭を下げて部屋を出ると、さっきのバイオリン店のスタッフが「いかがでしたか?」とまた笑顔を見せた。

「とても良い先生で…。楽しく受けさせていただきました。」

答えながらみちかは迷っていた。
乃亜の様子からして、楽しく通える気がするし何より先生も優しくて教え方もとても良い。
入会したい気持ちはあるけれど、今は始める時期ではない気もしている。

「乃亜ちゃん、楽しかった?」

スタッフに優しく聞かれて乃亜も照れたようにニコニコ「楽しかった。」と、小さな声で答えている。

始めるにせよ、悟にもう一度相談しなくては、みちかがそう思ったその時だった。
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