焔の指先、涙の理由
▲初手 焔の指先

就活生に間違われそうなシンプルなブラックスーツで、彼女は現れた。

三井(みつい)静瑠(しずる)女王。

持ってきた扇子を将棋盤の前に置くと、潔く切りそろえられた髪がその肩口で揺れる。

一礼して駒箱に手を伸ばしたのは、もちろん彼女の方だ。
駒の出し入れは上位者が行う。
この決まりに年齢や経験は関係ない。

女流王将戦本戦トーナメント。
はじめて予選を突破して浮かれるわたしの前に、シードで立ちはだかったのが彼女だった。

「それでは相馬(そうま)女流二段の先手番で対局を開始してください」

記録係の合図で全員が頭を下げる。

「お願いします」

「お願いします」

わたしは左手で右手の指先をそっと包む。
そして、しずかにひと呼吸してから飛車を左へ振った。
▲7八飛車
指先から駒へと、(ほのお)をうつすように。


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