この世界にきみさえいれば、それでよかった。



もう男はいないのに、手の震えがおさまらない。

そんな自分を隠すように私はあえて明るい声を出す。


「ありがとうヒロ。あ、でもお客さんふたり帰らせちゃったね。美幸さん怒るかな」


早く止まって。じゃないとヒロに心配かけてしまう。

震える手を見せないように、できもしない作り笑顔を浮かべていると……。


「強がんな」

ヒロが私の手にそっと触れる。

すると、まるで魔法のように震えがピタリと止まった。


他の男は相変わらず怖いのに、どうしてヒロはこんなにも大丈夫なのだろう。

ヒロの暖かさが染み込んでくるように、奪われかけていた体温も徐々に戻ってくる。


「もう少しで休憩だから。それまでブスな顔して焼きそば焼いてろ」

「ブ、ブス?」

聞き返したところでヒロはいたずらっ子みたいに、私のパーカーのフードを頭に被らせた。


「もう男に声かけられんじゃねーぞ」

そう言って忙しい接客に戻っていく。


声をかけられるなって、それは私もヒロに言いたいことなのに。女子の視線をさらうヒロの姿を目で追いながら、自分の気持ちと向き合ってみる。


どうしてヒロに触れられても平気なのか。
 
どうしてヒロがいると安心するのか。

どうしてヒロのことばかりを考えてしまうのか。


答えはたったの1秒で出た。



私は……ヒロのことが好きだ。

< 113 / 225 >

この作品をシェア

pagetop