【短編】親愛なる夜

月だけが見ていた

僕と仁美は、砂浜に並んで
座った。

僕の呼吸と鼓動だけが、響
いていた。

あれだけ、仁美と会いたか
ったのに、話したかったの
に、感情が邪魔をして、上
手く話せない。

「ねぇ、恒介、絵は続けて
るの?」

「うん。適当な絵はね。で
も、仁美の肖像画は、止ま
ったままだ」

「そんな、最後まで、ちゃ
んと描いてよ」

「ムリだよ。仁美がいない
のに」

「だからさ、思い出して描
いてよ。私のこと」

「そんな、悲しくなるだけ
だろ」

「どうして?私とは、楽し
い思い出だけでしょ。勝手
に、悲しい思い出に、スリ
替えないでよね」

「残された僕の気持ちも、
考えろよ」

「それでも、描いて欲しい
の」

「わかった」と言って、僕
は黙った。

仁美は、僕の肩に頭を乗せ
た。重さは感じなかった。

そんな二人を、月だけが見
ていた。
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