【短編】親愛なる夜

ウッドデッキ

仁美の提案で、カフェ『ゆ
るり』に向かった。

もちろん、お店は閉ってい
たけど、海岸に面したウッ
ドデッキにお邪魔した。

僕と並んで座った仁美は、
足をブラつかせていたが、
突然立ち上がって、
「恒介、髪を切ったげる」
と言った。

仁美は、僕の答えも聞かず
に、後に回った。

「久しぶりだから、動かな
いでね」と言って、仁美は
どこからか取り出したハサ
ミで、僕の髪を切りはじめ
た。

「仁美に、髪を切ってもら
うの、はじめてだよな」

「そうね。最初が…最後に
なるね」

静かな夜の海に、仁美の長
い指に操られたハサミが奏
でる音楽が流れていた。

僕が、
「幽霊になって、眠れるよ
うになった?」と、くだら
ない質問をした。

「どうかな、眠っているよ
うな状態のときもあるかな
…」

「そっか」

「幽霊ってね、本来はとて
も優しいモノだと思うの。
私ね、幽霊になってから、
自分が持っていたエゴイス
ティックな部分が、徐々に
消えていったの。もう失う
モノも、欲しいモノもない
からね。とても優しい気持
ちになれたの」

「…なれたというより、戻
ったんじゃないのか?本来
の姿に、純粋な姿っていう
か」

「そうね。そうかもしれな
い」と言って、仁美はハサ
ミの音楽を止めた。

「終わったの?」

「うん。良くなったよ」

「ありがとう」と言って、
僕が振り返ると、

「もうすぐ、夜明けだね」
と言って、仁美は虚ろに笑
った。

「仁美、僕らが一緒に居ら
れるのは、夜が明けるまで
なのかな?」

「うん」

「やっぱり」

僕が、この夢のような状況
を、現実として受け入れは
じめたときには、もう終わ
りが近づいていた。
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