しあわせ食堂の異世界ご飯
 辿り着いた先は、看板に【しあわせ食堂】と書かれた定食屋だった。
 路地裏にあり、少し寂れていて……お世辞にも繁盛しているとは言い難い外観だ。

「ここがうちだよ。すまないね、肩を借りちゃって」
「いえいえ。お邪魔します」

 女性が入り口の鍵を開けて店内に入り、息をついて椅子に座る。

「おばさん、まずは冷やさないと。タライはありますか?」
「何から何までごめんなさいね。のれんの奥がトイレと洗面になっているんだ。引き出しにタライが入ってるよ」
「わかりました」

 シャルルは言われた通り、のれんがかかっている方へ行き足を冷やす準備をしてくれる。アリアは荷物を机の上に置いて店内を見回した。
 通りに面した大きな窓があり、それにそってコの字型にカウンターが五席。テーブルは、二人掛けのものが二席と、四人掛けのものが三席用意されている。

 ――四人掛けのテーブルは、二人掛けの用の机を二つ使ってるんだ。

 店内には観葉植物があり、シンプルな内装でとても落ち着いている。
 木造の建物なので、アリアは前世で手伝っていた家の定食屋を思い出す。同じような雰囲気だったなと、懐かしい気持ちだ。
 外観からは想像し難かったけれど、なかは清潔に保たれていてアリアはほっとした。

「お待たせしました! おばさん、ここに足を入れてください~」

 タライに水を入れたシャルルが戻って来て、おばさんの足を冷やす。
 そして自分の鞄から塗り薬と包帯を取り出すと、あっという間に腫れた部分の手当をしてしまう。

「シャルル、相変わらず器用ね」
「怪我をするのは慣れてますから! 手当なんて、朝飯前です」

 騎士団に所属していたため、シャルルは応急処置など一通りのことをこなすことができる。普段から怪我が多いこともあり、その腕前はかなりのものだと医者から太鼓判も押されているほどだ。
 それもあって、アリアはこういったときの処置はすべてシャルルに任せるようにしている。中途半端に素人が関わると、逆に邪魔をしてしまう。

「ありがとう、お嬢ちゃんたち。……ああ、そういえば名乗ってなかったね。私はここ、しあわせ食堂の店主をしているエマだよ」
「アリアです」
「シャルルです」
「何かお礼をしたいから……そうだ、ケーキがあるから食べていっておくれ」

 そう言ってエマが立ち上がろうとするも、足が痛んだらしくすぐに椅子へ逆戻り。
 シャルルが慌てて「座っててください!」と言い、変わりに場所を教えてもらってケーキの用意をする。

 残ったアリアとエマは、シャルルに準備をお願いして待つことにした。

「何から何まで悪かったね」
「いえ。……でも、お店の営業は大丈夫ですか? ほかに従業員の方とか……」

 まだしばらく安静にしてなければいけないので、エマが店を歩き周り切り盛りするのは難しいだろう。
 それを心配してアリアは声をかけたが、「アッハッハ」と笑い飛ばされてしまった。

「いいんだよ。……店内はちゃんと掃除をしているけど、外のボロ看板を見ただろう? まあ、あんまりどころかまったく客足がなくてねぇ」
「……ええと」
「ああ、いいんだよ、気にしないでおくれ。まだどうにかやってるけど、もう限界だったのかもしれないねぇ……」

 店も、私の足も。
 エマは極力明るい声でそう言うも、その表情はどこか寂しそうだ。

 ――たちかに立地は悪いかもしれないけど、雰囲気はいいお店なのに。

 何か客足が伸びない原因があるのだろうかと、アリアは考える。しかし、その理由がぱっと浮かべば苦労はしない。

 そこへ、シャルルが三人分のケーキを用意して戻ってきた。
 お皿に載っているのは、シンプルなシフォンケーキだ。シャルルは紅茶も用意してくれたようで、ゆっくりティータイムとなった。

「ありがとう、シャルルちゃん。……あら、紅茶を淹れるのが上手ねぇ」
「はい! 練習しましたからね」

 侍女といえば美味しい紅茶! そう言い、シャルルが紅茶の淹れ方に関しては猛特訓していたことをアリアは思いだす。
 その甲斐あり、紅茶の腕前だけはほかの侍女にも負けないだろう。

「ケーキも美味しそう、んん、ん……?」
「どうしたの、シャルル?」
「うーん、ちょっとパサパサしてますね」

 もぐもぐとケーキを食べながら、シャルルは率直な感想を述べた。
 それを聞いたエマは、あまり気を悪くする様子を見せず「ごめんねぇ」と告げる。

「ケーキ、やっぱり美味しくはないかい?」
「やっぱり……?」

 エマの声を聞いて、アリアとシャルルは二人で首を傾げる。
 わざと不味いケーキでも出されてしまったのだろうか。もしそうであれば、さすがに助けた人に対して失礼では……そう思ったが、そうではなかった。

「定食屋の店主なんてやってはいるけど、実は料理が苦手でね」
「ええぇっ!?」
「もともと、亡くなった主人が料理を担当してたんだよ」

 エマは給仕をしていて、あまり料理の経験はなかったのだと言う。
 三年前に夫が亡くなってから、思い出がたくさん詰まったこの店を畳むことがどうしてもできなかったのだ。
 下手なりに料理をし、しばらくは常連が応援してくれていたけれど……その足は日に日に遠のき、今やこのありさまだ。

 エマは買ってきた食材を袋から出して、机の上に置く。

「扱っているメニューも、簡単なものばかりでね」

 パンや果物、それから肉。
 特に変わった食材もなく、野菜と肉を炒めた定食がメインになっているのだという。

「エマさん……」
「ああ、しんみりしちまったね。初対面の人にこんな話をして、ごめんよ」
「いいえ、そんなこと。……あ、もしかしてそれは海老ですか?」
「海老!?」
「ん?」

 紙袋から最後に取り出されたものを見て、アリアは驚く。
 大きな海老が三尾、とても美味しそうだ。けれど、料理が苦手だというエマが購入するとは思えない食材で、アリアは首を傾げる。

 シャルルは嬉しそうにぱっと顔を輝かせるが、エマは困惑している様子だ。

「海老なんて、買ったつもりはないんだけど……あ、でもいつもと値段が違ったのは覚えてるよ」
「どうやら、お店の人が間違えちゃったみたいですね」
「ああ、もう……海老なんて、私にはどうしようもできないってのに……」

 どうしたもんかねと、エマは額に手をついて項垂れてしまう。
 その様子を見て、それならと思いアリアが一つの提案を申し出る。海老を無駄にしなくていいし、シャルルを喜ばすこともできる一石二鳥の方法だ。

「でしたら、私が料理しましょうか?」
「え? アリアちゃん……料理ができるのかい?」
「はい、一応。海老も扱えますよ」

 料理人ではないが、一通りの料理スキルは持っているということを伝える。

「なら、せっかくだしお願いしようかね」
「任せてください、とっておきの料理を作りますよ!」
「はぁ……っ、それ、私が大好きなやつじゃないですかー!!」

 シャルルは海老ということもあり、すぐアリアが何を作るのか予想した。海老を手に入れたら作ろうと言っていた、エビフライだ。

「じゃあ、キッチンかりますね」
「ああ、好きに使ってくれて構わないよ」
「ありがとうございます」
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