そしてあなたと風になる

幼稚園に通うようになった4歳のとき、自分のそばには母親がいないことに気づいた。

送迎バスに乗るとき参観日
お遊戯会

そんな時、
みんなにいるはずの母親がまひるにはいなかった。


「パパ、どうしてまひるにはママがいないの?」


「ママは、いるよ。遠い外国でね、まひるのことを思ってる。」



忙しい父親は、幼稚園の行事には積極的に参加してくれたが、毎日、朝早く家を出て家にいる時間は短かった。

ベビーシッターの金沢さんは、まひるが2歳のときから住み込みで面倒をみてくれていたが、小さなまひるにも気を遣って、敬語で話してくる。

プライベートには余り踏み込まず、お金のために割りきっているように見えた。

父親の会社のプレイルームで遊んでいても、自宅でお絵描きをしていても、

まひるには甘えられる存在はいなかった。

「ちょっと、待っててね。」

「また、今度ね。」

いつも、自分のことは常に後回しにされる。

ある日、
父の会社のプレイルームで遊んでいて、ジュースを取りに給湯室に近づいたとき、

いつもお絵かきを教えてくれるデザイナーさんと、その同僚が話をしているの聞こえた。

『まひるちゃんのお母さんってイギリスにいるんだろ?』

『ああ、日本語がわからなくて、自宅に引きこもっていたところに、泣き止まないまひるちゃんの育児に疲れてノイローゼになって帰国したらしいぞ。』

『勇造さんも大変だよなー、まひるちゃんを押し付けられて』

『いや、まひるちゃんは勇造さんの生き甲斐だからな。俺達が出来ることは協力しないと、小さいのに健気なまひるちゃんも可哀想だし。』



"自分のせいで母がいなくなった"
"父にも、会社の人にも迷惑をかけている"


この出来事は、
元々、周りの空気を読んで感情を表さなかったまひるの性格に輪をかける結果となった。


笑っていれば、父親が喜ぶことをすれば、ここにいてもいいって思ってくれるはず,,,。

それだけが、まひるの存在価値だと思って生きてきた。

なのに、半年前、父はまひるを残して突然この世を去った。

イギリスの母は、毎年誕生日にはまひるに会いに来てくれていた。

父親の葬儀では

"イギリスで一緒に住みたい"

とも言ってくれた。

しかし、まひるにとって、父親以上に"諏崎デザイン工房"はなくてはならない存在であった。

父親が大切にしてきた会社を手放すわけにもいかない。

なにより、
結果として、自分を捨てた母と一緒に過ごすことはできないと思ったから,,,。


千尋の胸の中でふるえながら、まひるはそう語った。

その姿は、捨てられて震えていた子猫のようだった。


「まひるのそばにいたい」

「今夜は、一緒に,,,いてくれますか?」

まひるが嬉しそうに千尋を見上げた。


明日は日曜日。


千尋は、昼から会社に顔を出すことにしていたが、朝起きて、自宅に戻って着替える余裕はある。

「父が使っていない下着とスウェットがあるのでこれを来てください。」

そのままにしている父親の部屋からまひるが着替えを持ってきた。

180cm近い千尋には、175cmの父親のスウェットは小さく見えるが、この際、仕方ない。

二人は顔を見合わせて笑った。

千尋が先にシャワーを浴び、まひるが続いた。

千尋は、先ほどのソファに腰かけ、朝、会社のタクシー待ちのベンチで読んでいた本の続きを読んでいた。

「父のベッドを使いますか?」

「いや、まひると一緒にいたい」

まひるは頷くと、千尋をまひるの寝室に連れていった。

そして二人は、千尋のクイーンサイズのベッド脇に腰かける。

「今夜は,,,抱き締めていてくれますか?」

まひるの囁きを待たずに、千尋の唇が重なった。

少し激しくなった風が窓を叩く。


その夜、二人は1つに重なり、お互いを抱き締めて眠った。


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