記憶喪失の君と、君だけを忘れてしまった僕
3.修学旅行
 やがて予定されていた小説が出版されて、華怜の修学旅行の日がやってくる。
 僕と茉莉華はいつもの制服に身を包んだ華怜を、笑顔で見送った。華怜も楽しみなのか終始笑顔を崩していなくて、ちょっとだけ安心する。
 僕が、子ども離れしなくちゃなと思い直した。
 華怜が去っていった玄関口を見ながら、茉莉華はぽつりと呟く。
「やっぱり、心配ね……」
「華怜なら、きっと大丈夫だよ」
 そう、華怜ならきっと大丈夫だ。だって僕と茉莉華の子どもなんだから。
 だけど茉莉華の考えていたことは、少し違うらしい。
「ほら、公生くんが大学生の頃、飛行機事故があったでしょう? だから、ちょっと不安で……」
 僕はその飛行機事故のことを思い返した。あれはひどいもので、だけど僕と茉莉華のことを引き合わせてくれたきっかけでもある。
「たしか、二〇一八年の……」
 僕は急にど忘れをしてしまい、それがいつの出来事だったかを思い出せなかった。そういえばあの時、事故の映像なんか見たくなかったから、意図的に視界に入れないようにしていたのだ。
 だから、具体的な被害状況などはあまり詳しく覚えていない。
隣にいる茉莉華が、補足してくれた。

「二〇一八年の、五月一五日よ。もう、そんなことも忘れちゃったの?」

  茉莉華にそう言われて、僕もようやく思い出した。
  二〇一八年の、五月一五日。僕と華怜が出会った、六日前の出来事だった。
「あぁ、ごめん……」
「私、今でも覚えてるわよ。五百二十六人が、みんな死んじゃったんですもの……公生くん、小説にもちゃんと書いてたでしょう?」
「そういえば、そうだった……」
書いたといっても、あれはほぼ書いていないに等しい。具体的な死亡者数も日にちも書かなかったし、そういうのを意図的に避けて書いた。
 なぜかというと、あの悲惨な事故を想起させてしまうからだ。僕自身思い出したくもなかったし、書くことをためらった。
 それにあの事故で家族を亡くした人が、この日本にはたくさん存在しただろうから。
「ちょっと、心配ね……」
 僕の心も少しずつ、不安の気持ちに侵食されていった……
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