イジワル上司にまるごと愛されてます
「ありがとう」
「飲み過ぎる前に止めなきゃいけなかったな」

 柊哉はぼそりと言った。

「私が飲みたかったの」

 本当は飲まずにはいられなかったのだ。

 タクシーはゆっくりと走り出した。カーブのたびに、ブレーキが踏まれるたびに、柊哉が来海を支えてくれる。肩をつかむ手のひらの大きさに、引き寄せる腕の力強さに、彼の存在を痛いほど感じてしまう。

(だけど、いなくなってしまうんだ)

 来海は柊哉にもたれたまま、右手で彼のスーツの袖を掴んだ。少しでも長く彼と一緒にいたい。

「部屋まで……送ってほしい……な」
「最初からそのつもりだったよ。心配だから、ね」

 柊哉は低い声で答えた。

 やがてタクシーは来海のマンションの前に到着した。来海がのそのそとバッグを開けている間に、柊哉が財布からさっとクレジットカードを抜き出す。

「俺はここから歩いて帰れるから。それに、飲ませすぎたお詫び」
「ありがとう……」
「運転手さん、これで清算を」
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