イジワル上司にまるごと愛されてます
 マンションのエントランスに到着し、来海はバッグのポケットから鍵を取り出した。オートロックを解除して、自動ドアから中に入る。

 柊哉がエレベーターのボタンを押した。

「また来年もやろうねって言ってたのにね……」

 鏡に映った柊哉の表情が曇った。彼にそんな表情をさせてしまったことに胸が痛み、来海は努めて明るい声を出す。

「そうだ、送別会をしないとね! みんなでうんと賑やかに騒いで、楽しい思い出を持ってイギリスに行ってね」
「楽しい思い出、か」

 柊哉がボソッと言った。エレベーターが三階に到着し、彼は来海の手を引いたまま廊下を左手へと進む。

 一番奥の三〇五号室の前に着き、来海は足を止めた。柊哉を見上げると、目頭が熱くなって目が勝手に潤んでしまう。柊哉がどうした、というように小首を傾げ、来海はゴクリと唾を飲み込んだ。

「あのね……お願いがあるの」
「なに?」
「柊哉に……触れたい」

 そう言った声はかすれていた。
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