異邦人
既に和気藹々と化した空間は出来ていたのにも関わらず、彼女の登場で更に上機嫌となった上司たちは「木原さん、遅いじゃないかー!」とからかった。「遅れてすいません!私、どこに座れば宜しいでしょうか」と彼女が尋ねると、この集まりの中で一番偉いマネージャーの隣が空いているということで、そこに座るよう皆が促した。

「え~でも、この席上座じゃないですか!座っても良いのですか?それに佐伯係長よりも上座じゃないですか!私、佐伯係長よりも偉くなってしまいますよ!」と彼女が言うとその場にいる全員が大笑いし、係長も苦笑いをしながら「是非俺より偉くなってください。」と言ってその場を和ませた。木原さんは、満面の笑みを浮かべるとマネージャーの隣に腰掛けた。

俺も他の人もその場にいる全員が皆、彼女と上司たちのやり取りを見ていた。盛り上がっていたら自然に目がいくのは当たり前のことだが、彼女には一瞬にしてみんなを惹きつけるオーラというものがあった。

 俺が木原さんを初めて見たのは同じフロアで仕事をしている時だった。税関から輸出商品についての問い合わせがあり、自分では分からなかったため乙仲担当者のところまで聞きに行ったことがあった。その時に担当者の前の席で仕事をしている彼女を初めて見た。

 「木原と申します。先ほどお問い合わせ頂いた件ですが・・・」
 彼女は真剣な表情で電話の相手に何かを説明していた。彼女の整った顔立ちと落ち着きのある少し低めの声が知的な大人の魅力を感じさせた。「この人、木原さんって言うのか・・・・・」俺はその時に初めて年上の働く女性って良いなとふと思ったような気がした。

しかし、彼女が仕事をしてる時としてない時ででギャップが激しいということを俺はまだ知らなかった。

白く輝く歯が見えた。惜しげもなく整った歯並びを見せながら無邪気に可愛く笑う彼女を初めて見たせいか無意識に目で追っていたようだった。視線を感じて目線をずらすと、女性陣で固まった中間辺りの席に座る同期の橋本美玲と目があった。不機嫌とも無関心とも取れるような無表情をして俺を見ていていた彼女は、俺が「何?」と聞くと「別に」と言って目をそらした。俺は訳が分からず首を傾げたがすぐ隣にいる内田君に声をかけられたので気に留めることはなかった。
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